最新記事

交渉の達人 金正恩

韓国にもイスラエルにも──トランプは交渉の達人ではなく「操られる達人」

2018年5月22日(火)17時00分
ダニエル・レビ(米政策研究所アメリカ・中東プロジェクト会長)

文は韓国のリベラルで現実主義的な勢力の出身で、ネタニヤフはイスラエルのナショナリスト的タカ派の出身だ。この2人の目には、トランプ政権の態度が全く別物に映っていた。

韓国は、北朝鮮への先制攻撃をほのめかすトランプの発言を、自国の安全保障にとって致命的になりかねない脅威と受け止めた。一方でイスラエルは、イランを敵視しパレスチナを軽視するトランプの姿勢を歓迎した。自国の敵とアメリカが直接対決する状況は、ネタニヤフが長年望んだものだ。

文は2月、北朝鮮のピョンチャン(平昌)五輪参加を機に南北関係を一転させ、本格的な外交を急速に前進させた。五輪期間中に行われた北朝鮮高官らとの2回の会談を皮切りに、3月初旬には、鄭チョン・義イ 溶ヨ ン国家安全保障室長を首席とする特使団を平壌へ派遣。金と会談した特使団は、南北首脳会談開催や首脳間ホットライン設置の合意、将来的なアメリカとの交渉案とみられる計画など、具体的な成果を引き出した。

もちろん、全てが覆される可能性は今も拭えない。北朝鮮は5月16日、南北閣僚級会談の中止を通知。6月12日に開催予定の米朝首脳会談についても、見直しをほのめかした。

それでも文はトランプを巧みに動かす手腕によって、北朝鮮問題で外交の余地とその成功の見通しを生み出した。対決ではなく対話を既定路線に仕立て上げ、南北首脳会談では朝鮮半島の平和と繁栄、統一を目指す「板門店宣言」を金と共に発表した。

韓国政府は訪米した鄭にトランプが米朝首脳会談の要請を受諾したと発表させる劇的な演出も行い、トランプの虚栄心をくすぐりつつアメリカを一連のプロセスからほぼ締め出した。そうして文は軍事的衝突の道を回避し、今後の交渉に不可欠な仲介役になり、朝鮮半島問題では韓国が「運転席」に座るという自身の公約を実現したのだ。

ネタニヤフの主張どおりに

イスラエルにとっても事態は思惑どおりに進行しつつある。イラン核合意に反対する同国の主張はアメリカの政策に取り入れられた。脅しと対決姿勢、体制転換の要求――トランプの離脱表明は、ネタニヤフが10年以上前から繰り返してきた主張そのものだ。

確かにアジア大陸の東端と西端には、それぞれの指導者の動機以外にも多くの違いが存在する。中東は「熱い戦争」の温床だが、東アジアは「冷たい対決」に満ちている。中東では、アメリカの同盟国のサウジアラビアやアラブ首長国連邦がイスラエルと結託して、敵視するイランとの衝突を引き起こそうとしている。片や東アジアでは、日本が示す強硬姿勢には限度があり、地域最大の大国である中国は北朝鮮の危機管理に積極的な態度を見せる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中