あの男が帰ってくる ! ポルノ法違反の過激なイスラム急進派代表が逃亡先から
国是「多様性の中の統一」の変容
インドネシアが建国の国是として掲げる「多様性の中の統一」は、多民族、多言語、多文化そして多宗教が存在するインドネシアの現実を直視して、互いに違いを認めたうえで共存共栄の道を進もうという国家統一の要諦を示したものとして理解されている。
しかし最近のイスラム教団体の動きを見る限り、大多数を占める「ナフダトール・ウラマ(NU)」や「ムハマディア」などの穏健なイスラム団体に加えてFPIのような急進派イスラム組織、さらにイスラム教の異端とされる少数教団「アフマディア」などが混在する状態で、「イスラム教の中の多様性」の統一が求められている状態ともいえる。
これはとりもなおさず国是の変容であり、今インドネシアが政治日程の差し迫る中でイスラム教そのものが問い直されている、ということができるだろう。
イスラム教組織の中で唯一の例外は「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」や「ジェマ・アンシャルット・タヒド(JAT)」、「ジェマ・イスラミア(JI)」、「ネガラ・イスラム(NII)」など中東のテロ組織「イスラム国(IS)」に共鳴してインドネシア国内でテロを実行しているイスラム組織だ。インドネシアのイスラム教団体は例外なくこうしたテロ集団を「イスラム教徒ではない」とその宗教的つながりを完膚なきまでに否定する。
しかしテロ集団側は「自分たちもイスラム教徒、それも純粋なイスラム教徒である」と主張してはばからないことが問題を複雑にしている。
そんなイスラムの価値観が改めて問い直されようとしている時期に、急進派組織の代表がインドネシアに帰国しようとしているのだ。
今後何も起こらないと思うのは難しい。それだけに「帰国させ、事を起こさせて今度は逃亡させずに身柄を拘束する」というシナリオが実は裏でできているのではないか、といううがった見方も一部では出ている。
ジョコ大統領の後ろ盾でもあるメガワティ・スカルノプトリ元大統領の腹心の部下が長官を務める国家情報局(BIN)がいかにも考えそうなシナリオではある。いずれにしろ「あの男が帰国した後」のインドネシアからは目が離せなくなるのは確実だ。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など