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中国が「一帯一路」で目指すパクスシニカの世界秩序

2018年7月17日(火)15時30分
三船恵美(駒澤大学教授)※公益財団法人日本国際フォーラム発行の政策論集『JFIR WORLD REVIEW』より転載

「一帯一路」が推進しようとしているのは、まず、「5つのコネクティビティ」を構築することです。「5つのコネクティビティ」とは、(1)政策面の意思疎通、(2)インフラの相互連結、(3)貿易の円滑化、(4)資金の融通、(5)国民の相互交流の5つの接続性です。「一帯一路」は、経済回廊の共同建設にともなう「5つのコネクティビティ」の形成により、中共と中国が「中国主導のグローバルガバナンス(=全球治理)」にコミットし、その形勢を中国が主導していこうとしている構想です。中国は、「一帯一路」によって、「利益共同体」と「責任共同体」を形成し、やがては「人類の運命共同体」を構築して、世界の政治経済秩序を「全球治理」の構造へと変えていくことを目指しています(註※「全球治理」は、「グローバルガバナンス」と邦訳されていますが、Commission on Global Governanceが定義するGlobal Governanceと同義ではありません)。

「一帯一路」構想には、「五つのコネクティビティ」を通じて「朋友圏」を形成するねらいがあります。インフラを「中国と同じ規格」で拡充し、複合型インフラネットワークを形成し管理することで、費用と時間のコストを縮小することができるだけでなく、将来的に、デジタル経済、人工知能(AI)、ナノテクノロジー、量子コンピューターなど先端分野での協力を強化し、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、スマートシティー建設を推進し、「21世紀のデジタル・シルクロード」を築くことに繋がります。「21世紀のデジタル・シルクロード」構想は、習近平氏が2017年5月の「一帯一路」国際協力サミットフォーラムにおける基調講演で提起しています。しかも、それは、経済領域にとどまるものではありません。国境を跨ぐ光ケーブル網の構築を推進し、国際通信の接続性を高め、大陸間海底ケーブル・プロジェクトの計画を策定し、衛星情報のネットワークを構築することで、安全保障領域において、中国が有利に活用できることを目指しています。

中国は「一帯一路」を新規で創ろうとしているのではありません。中国が提唱する「一帯一路」とは、既存の地域協力のプラットフォームを戦略的にドッキングさせ、優位性の補完を実現しようとする構想です。中国は「一帯一路」を沿線国と、カザフスタンの「光明の道」、ロシアが提案した「ユーラシア経済同盟」(EAEU/EEA)、ASEANの「連結性マスタープラン(MPAC)」、トルコの「中央回廊」、モンゴルの「発展の道」、ベトナムの「両廊一圏(中国南部とベトナムを結ぶ二つの回廊とトンキン湾経済圏)」、イギリスの「イングランド北部の経済振興策(Northern Powerhouse)」、EUの「ユンケル・プラン」、中東欧諸国と中国の「16+1協力」、ポーランドの「琥珀の道」などをはじめ、ミャンマー、ハンガリーなどの政府計画とドッキングしようとしています。

2)中東欧との「16+1」

中国はヨーロッパ諸国に対して、2国間、「中国・欧州連合(EU)」、「中国・中東欧諸国首脳会議(16+1)」、多国間機構などとの多層、重層、複層的な枠組みで、「一帯一路」の枠組みによる協力を進めています。そのなかでも注目されている一つが、2012年に中国が提唱した「16+1」と呼ばれる中国と中東欧16ヵ国の地域協力の動向です。

16カ国は、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マケドニア、モンテネグロ、ポーランド、ルーマニア、セルビア、スロバキア、スロベニアです(そのうち11カ国がEU加盟国)。「16+1」サミットには、EU、オーストリア、スイス、ギリシャ、ベラルーシ、ヨーロッパ復興開発銀行(EBRD)などがオブザーバーとして参加しています。

近年、中国から「16+1」への投資が急増しています。しかし、中国の対欧投資の中軸は英独仏であり、「16+1」への投資は独英仏への投資規模には及びません。中国にとっての「16+1協力メカニズム」は、経済的なねらいよりも地政学的なねらいや政治的なねらいが大きいと言えるでしょう。中国にとって「16+1」には、中国とヨーロッパを結ぶ輸送ルートを新たに構築したいというねらい、「一帯一路」のプラットフォームの一つにしたいというねらい、EUの対中国強硬策を対応させる緩衝材としてのねらいなどがあります。

国務院総理の李克強氏は、2017年11月、ブダペストで開催された第六回中国・中東欧諸国首脳会議で、経済・貿易規模の拡大、陸海空・サイバー空間のコネクティビティの強化、国際定期貨物列車「中欧班列」と直航便航路の増発、金融面の支援の確実化などを提案しました。「16+1」サミットの開催に合わせて、「中国・中東欧銀行共同体」を正式に発足させ、中東欧向けの「中国・中東欧投資協力基金」の第二期を設けました。

中国は中東欧諸国と、「16+1」によるアドリア海、バルト海、黒海沿岸の「三海港区協力」ならびに「中国・中東欧協力リガ交通・物流協力」に合意しています。ハンガリー・セルビア鉄道が完成すれば、ギリシャ最大のピレウス港に通じ、「三海港区」と「一帯一路」が陸路でも連結されることになります。ピレウス港は、アジアからヨーロッパへ向かう航路の玄関口にあたります。

一方、日本にとって、「中欧班列」の発展を見る眼は、ビジネス的な視角だけではありません。中国側の「中欧班列」の経路拡大の目的の一つが、新たな輸送ルートの開拓であることに注目するならば、その背景には、アメリカが南シナ海で海上輸送ルートを封鎖する場合を中国が想定している点を注視すべきでしょう。「南シナ海を米軍が封鎖する事態」が前提にあることについて、日本は考えておかねばならないはずです。

「16+1」は、EUの対中強硬策の「防波堤」の役割も果たしています。近年の中国企業によるEU域内の企業買収をめぐり、イタリア、フランス、ドイツは、欧州委員会に対して、外国企業によるEU域内の企業買収を阻止できる外資規制の強化を訴えました。しかし、中東欧諸国からの反対で同案はEUとしてまとめられずに流されてしまいました。このような動きに、ドイツのガブリエル外相らは、中国が中東欧諸国を使ってEUの足並みを分断するのではないかと懸念の声をあげました。

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