最新記事

BOOKS

いじめで「死ななかった子」と親を取材して分かったこと

2018年8月24日(金)18時36分
印南敦史(作家、書評家)

もちろん、いじめられた子どもが示す表面的な"異変"は千差万別だ。しかしこれは、「我が子は大丈夫か?」と気にかかったときの参考にはなるはずだ。とはいえ、こうした"異変"が見られなくても、深刻ないじめは存在する。よって、こうした傾向が見られないから安心だというわけではないのだと、著者は念を押してもいる。

いずれにしても、このケースの場合、人格を否定され、殺されるか自分で死ぬしかないと思っていた小学生を救ったのは父親の行動と家族の理解だった。そして、「学校、休むか」と提案されたことも大きかったという。つまり、家族やその他の人々の言葉や気持ちが、子どもを救うことはあるのだ。

この手記を覚えている方も多いのではないだろうか。


「いままでなんかいも死のうとおもった。
でも、しんさいでいっぱい死んだから つらいけど
ぼくはいきるときめた」(61ページより)

2011年の東日本大震災のあと、小学二年生のときに福島県から神奈川県横浜市に引っ越し、転校先の小学校でいじめにあったFくん(当時小学六年生)による手記だ。横浜市は当初、「いじめではない」と主張したが、この手記を弁護士が記者会見で涙ながらに代読したことがきっかけで、市がいじめと認める方針転換に追い込まれた。

Fくんへのいじめは転校したばかりの二年生のときからはじまり、三年生の6月から10月まで不登校に。四年生になると鉛筆を折られたり教科書やノートを隠されるようになり、五年生になってからは「プロレスごっこ」と称して身体的な暴力がエスカレートした。

さらに、ゲームセンターなどに連れ立って遊びに行く際にはゲーム代や交通費を負担させられるようになり、被害総額は150万円にのぼったという。

Fくんに会いたいと感じた著者は日本テレビの関係者とともに依頼を重ね、中学一年生になったFくんと家族に会うことを許されている。


 私は、手記の中の、あの文言について尋ねた。
「いままでなんかいも死のうとおもった。
でも、しんさいでいっぱい死んだから つらいけど
ぼくはいきるときめた」
 どうして、生きる、と決めることができたのですか?
 Fくんは、言葉少なに答えた。
「生きていたかったのに、津波で流されて、海の底にいる人もいる。自分はこんなことで死んだらいけない、と思ったから」
 実は、Fくんの友人の一人が、東日本大震災の津波で亡くなっていた。少し年上の女の子だった。震災直後にばらばらに別れて避難し、そのまま連絡が取れなくなっていた。行方不明と知ったのは、ずいぶん後になってからだったという。
 Fくんの母親が話してくれた。
「当時は、親戚の誰々が亡くなったとか、おばあちゃんの友だちが亡くなったとか、知り合いと連絡がつかないとか、それが日常の会話でした。(中略)人の生き死にが、日常そのものだったのです」(65〜66ページより)

小学生だったFくんにとって、それが受け入れがたい現実だったであろうことは想像に難くない。しかしその環境が、彼に人の死とはどういうものなのかを教えることにもなったのだろう。身近な人の死という経験が、Fくんが生き延びた理由のひとつだったということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中