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終戦秘話

終戦の歴史に埋もれた2通の降伏文書

Japan's Surrender Re-examined

2018年9月6日(木)17時00分
譚璐美(たん・ろみ、作家)

午前9時2分、マッカーサーがマイクの前で23分間にわたって演説した。これは予定になかったものだが、世界中に放送された。テーブルに2通の降伏文書が置かれ、最初に日本側が調印した。マッカーサーはパーカー製万年筆ビッグレッドを5本用意していたが、重光はアメリカ側の筆記具を使用するのを潔しとせず、随員の加瀬俊一外務秘書官が差し出したパーカー製バキュマチックを使って漢字で、次いで梅津参謀総長が署名した。

連合国側は、最初に連合国軍最高司令官のマッカーサーが署名した後、各国代表が順次署名していった。アメリカ代表のチェスター・ニミッツ、中華民国代表の徐永昌、イギリス代表のブルース・フレーザー、ソビエト連邦代表のクズマ・デレビヤンコ、オーストラリア代表のトーマス・ブレイミーと続き、カナダ代表のムーア・ゴスグローブの番になったとき、不測の事態が起きた。

指定された署名欄を間違えて、次のフランス代表の欄に署名してしまったのだ。それに気付かず、フランス代表のフィリップ・ルクレールも、次のオランダ代表の欄に署名した。オランダ代表のコンラート・ヘルフリッヒは間違いに気付いてマッカーサーに告げたが、そのまま次の欄に書くよう指示されて渋々署名した。最後のニュージーランド代表レナード・イシットは押し出される格好で、仕方なく欄外に署名した。一方、この後で署名されたもう1通の降伏文書は、全員が指定された欄に書くことができた。

カナダ代表が誤って署名したことについて、公式には何も発表されていない。だが今回、ピーター・ラールの述懐によって、なぜ誤って署名したのか、その真相が明らかになった。

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日本が所有する降伏文書(上)には署名の書き損じと訂正のイニシャルがはっきりと残っている(下がアメリカ側の所有する降伏文書) DIPLOMATIC RECORD OFFICE OF THE MINISTRY OF FOREIGN AFFAIRS (TOP), NATIONAL ARCHIVES AND RECORDS ADMINISTRATION

祝杯を理由にやり直し拒否

ピーターが秘蔵する古いアルバムには「Drunk as a skunk」と赤ペンで書き込みがあった。実は、カナダ代表はへべれけに酔っぱらっていたのである。彼は前祝いと称して前日から徹夜で飲み続け、調印式では足腰が立たないほど酩酊し、周囲に酒臭さを振りまいて「スカンクのように酒臭い」ありさまだったのである。そのせいで署名欄を間違えてしまったらしい。

調印式を終えると、連合国の代表たちはミズーリ号の地下食堂に下りて祝賀会に入った。艦上では、日本側に降伏文書が手渡された。加瀬外務秘書官が間違いを発見して、調印のやり直しを申し出た。だが、式典責任者のサザーランド参謀長は「もうみな乾杯しているから」と拒絶し、カナダ代表以下4カ国の間違った署名欄の横に、1つずつ自分のイニシャルを書いて訂正確認とし、事を済ませた。日本は4カ所の間違いと4つの訂正イニシャルがある降伏文書を手渡された......。

アメリカ側は、無論「完璧」な出来栄えのほうを手にした。調印式直後にマッカーサーは最初のコピー4枚を作成し、そのうち1枚を感謝を込めてラール大佐へ贈った。ラール大佐の2人の子息が父の遺品と共に大切に保管してきたものだ。

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