最新記事

感染症

人工合成で天然痘ウイルスを作製可能!?な研究が発表され、批判相次ぐ

2018年10月15日(月)19時15分
松岡由希子

テロに備え米軍に提供された天然痘ワクチン 2002年 Brendan McDermid-REUTERS

<加アルバータ大学の研究プロジェクトが、馬痘ウイルスワクチンを生成したとの研究論文を発表。これにより1980年に根絶が宣言された天然痘の再発リスクが指摘されている>

天然痘は、致死率が約2割から5割と高く、強い感染力を持つ感染症だ。ワクチン接種による予防が有効であり、20世紀以降、この予防法が世界的に普及したことで、1980年には、世界保健機関(WHO)によってその根絶が宣言された。しかし、近年、天然痘を人工合成によって作製できる可能性が高まりつつあり、天然痘の再発リスクが指摘されている。

「化学合成したDNA断片から馬痘ウイルスワクチンを生成した」

加アルバータ大学のデイビッド・エバンス教授らの研究プロジェクトは、2018年1月、オープンアクセス型学術雑誌「プロスワン」において、「化学合成したDNA断片から馬痘ウイルスワクチンを生成した」との研究論文を発表した。

馬痘ウイルスは馬を対象動物とするため、ヒトが感染することはないが、天然痘と同様、ポックスウイルス科オルソポックス属に属するDNAウイルスであることから、微生物学者などの専門家は「この技術を応用すれば、天然痘ウイルスの作製が可能になるのではないか」との懸念を示している。

パンデミックの潜在的リスクを高める、と批判が相次ぐ

このようなリスクをはらむ研究論文を掲載した「プロスワン」にも批判が寄せられている。2018年10月には、「プロスワン」の姉妹誌「プロス・パソジェンズ」において、米ジョンズ・ホプキンズ大学のトム・イングルズビー教授、米マサチューセッツ工科大学メディアラボのケビン・エスベルト准教授、スイスのベルン大学のヴォルカー・ティール教授が相次いで意見文を発表した。

「馬痘ウイルスの合成プロセスがメディアを通じて公開されることで、天然痘の人工合成に対するハードルが下がり、パンデミックの潜在的リスクを高めるおそれがある。パンデミックのリスクが伴う生物学の研究や技術については、より高い透明性とより強い監視が必要だ」と述べるとともに「研究者コミュニティのみならず、政治家や政策立案者、一般の人々も交え、合成生物学のメリットとリスクについて、より幅広い視点で議論すべきである」と説いている。

「新たな兵器が生まれるリスクが高まっている」との指摘も

これらの批判に対して、エバンス教授らも「プロス・パソジェンズ」に反論を投稿し、「技術の進歩に逆行する試みや企ては長年にわたってすべて失敗してきた。技術を規制するよりも、そのリスクを正しく理解したうえで、これを軽減するための戦略立ての必要性を人々に教育するべきだ。」と主張している。

米国科学工学医学アカデミーが2018年6月に「合成生物の悪用で新たな兵器が生まれるリスクが高まっている」との研究結果を明らかにするなど、合成生物学の進化に伴って、そのリスクについても慎重に評価する必要性が高まっている。このような状況のもと、学術雑誌を中心とするメディアの姿勢やあり方にも変化が求められそうだ。

人類は天然痘ウイルスをどのようにして克服したか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中