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インドネシア

LGBTへ集団暴行や市長の根絶宣言まで インドネシア、性的少数者への人権侵害が止まず

2018年11月26日(月)13時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

市長が「LGBT根絶宣言」する異様さ

そんななか、スマトラ島西スマトラ州のパダン市では現職の市長がLGBTの人々を市内から根絶すると公の場で発言する事態になっている。同市のマフイェルディ・アンシャルッラ市長は11月8日、市内の競技場に市民を集めて行われた集会で「不道徳な行為を行う者、LGBTはパダン市に住むには相応しくない」としてLGBTなどの"不道徳"を市から根絶する方針を明らかにした。そのために来年度から市内を巡回する警備員を増員して、「不道徳根絶」の監視を強化するという。地元メディアが伝えた。

市長にとってLGBTの人びとは市民ではなく、根絶するべき不道徳者であるというのだが、これが地方自治体の長の公の発言であるところに現在のインドネシアの社会状況の異様さと偏狭ぶりが象徴されているといえる。

インドネシアではイスラム法の適用が認められている北西端のアチェ州以外の州ではLGBTの存在は禁止されていない。つまり合法的存在である。にもかかわらずイスラム教徒であっても「非イスラム教徒扱い」され、市民であっても「根絶対象の不道徳者」扱いされる状況となっている。

背景には2019年の大統領選も

インドネシアは2019年4月に大統領選、国会議員選を控え、実質的な選挙運動がスタートしている。大統領選には現職で再選を目指すジョコ・ウィドド大統領が著名なイスラム教指導者を副大統領候補として出馬しており、対立候補のプラボウォ・スビヤント氏は若いジャカルタ特別州前副知事を副大統領候補に指名して選挙戦を展開している。

2組4人の正副大統領候補はいずれもイスラム教徒で、両陣営共にインドネシアで最大の票田となるイスラム教徒票の取り込みが最大の課題となっている。

各種イスラム教組織、団体の中には多数派の穏健派から少数派ながら原理主義派、急進派も含まれており、「イスラム教徒の意向、主張」に対し、公然と反対することは選挙戦での敗北に繋がりかねない「禁じ手」となっているのが残念ながら現状と言わざるを得ない。

従って「LGBTの人権保護」「少数派の意見や立場への尊重」などという通常の価値観に基づく発言や行動が「反イスラム的」であるとして指弾や攻撃の的になる傾向が一層強まっているのだ。そしてその結果として本来機能すべき、警察、司法、政府機関が等しく「沈黙あるいは無視すること」を決め込んでいるのが選挙を前にした今のインドネシアということができる。

2019年4月9日の投票日に向けてインドネシアは今後さらに「少数者」「異端者」「弱者」、そして「非イスラム教徒」にとって世知辛い社会に変容していく懸念が高まっている。


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大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

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