最新記事

健康

腸内細菌で高める免疫パワー最前線

Boosting Immunity Through Gut Bacteria

2018年12月20日(木)11時00分
井口景子

immunity01_01.jpg

もっとも、全ての乳酸菌に同じ効果があるわけではない。数多くの種類に分かれる乳酸菌の中で、特に大量に多糖体を産生するとして学界の関心を集めているのが「1073R-1乳酸菌(R-1乳酸菌)」だ。この乳酸菌で発酵したヨーグルトを使った複数の大規模調査により、この菌がNK活性(NK細胞が癌細胞を攻撃・破壊する能力を示す指標)を高め、風邪の罹患リスクを大幅に低下させることが実証されている。

多糖体がもたらす恩恵はそれだけではない。免疫には自然免疫と獲得免疫の2段階がある。自然免疫はNK細胞などの「一般兵士」が体内をパトロールし、敵を見つけたら取りあえず攻撃する第1の砦。一方、獲得免疫はより強力な病原体を倒せる「エリート部隊」によるピンポイント攻撃で、インフルエンザや風疹など特定の病原体に特化したワクチン接種によって強化することもできる。

病気のリスクや薬の効果も左右

従来、プロバイオティクスを通した免疫力強化の試みは、前者の自然免疫を高めるためのものと考えられてきた。しかし最近の研究で、乳酸菌が産生する多糖体は獲得免疫の補強にも有効なことが明らかになっている。

竹田らは男子大学生40人を2つのグループに分け、R-1乳酸菌入りのヨーグルトがインフルエンザワクチンの効き目にどう影響するかを検証した。ワクチン接種前3週間と接種後の約10週間、第1群にはこのヨーグルトを、第2群にはプラセボ(偽薬)を摂取させて抗体価(特定の病原体を攻撃する力)の変化を比較。すると、抗体価がウイルスに勝てる水準以上に上昇した人の割合(抗体陽転率)が、第1群では第2群の2倍以上の40%強に。R-1乳酸菌がワクチンの効き目を高めることが確認された(図参照)。

「ワクチン接種前から(多糖体によって)樹状細胞が活性化されているため、体内にワクチンが入ってきたときに獲得免疫系の免疫細胞により強い指令を出せると考えられる」と、竹田は言う。

乳酸菌にこれほどの力があるのなら、500種類もの腸内細菌が共存する腸内細菌叢全体が人間の健康に及ぼす影響はさらに大きいのではないか──。研究者たちの期待が高まるなか、腸内細菌叢のバランスや特定の腸内細菌の存在が、糖尿病や肥満といった病気の発症リスクや薬の効き目などと相関関係にあるという驚きの報告が世界各地で相次いでいる。

例えば、今年ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授が発見したことで話題になった「PD-1」。免疫細胞の働きにブレーキをかけるこの分子の発見を機に、ブレーキを邪魔して癌細胞の増殖を防ぐ画期的な治療薬が開発された。

だがこの薬は万人に効果があるわけではない。テキサス大学M・D・アンダーソン癌センターのジェニファー・ワーゴ准教授率いる研究チームは昨年、この薬が効く患者には腸内細菌叢が多様で、かつ特定の腸内細菌を持つという共通点があることを突き止め、科学誌サイエンスに発表した。食事やプロバイオティクス、腸への便移植などの方法で「腸内細菌叢を変えることはそれほど難しくない。この発見によって(癌治療の)大きな可能性が開けた」と、ワーゴは語る。

こうした相関がなぜ生じるのか詳細は不明だが、その謎を解き明かそうと世界中の科学者がしのぎを削っている。病気の予防や治療のカギは腸内環境を変えること──そんな新たな常識が医学を変える日が来るかもしれない。

文=井口景子
今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中