最新記事

日本社会

忘れるな! 4月施行の「高プロ制度」が日本の格差を拡大させる

2019年4月11日(木)17時00分
松野 弘(社会学者・現代社会総合研究所所長)

「貧困層」と「富裕層」(中間富裕層も含む)の所得格差を是正しない限り、持続可能で健全な社会を築いていくことはますます困難となる。

こうした社会的矛盾(労働成果の公平な分配なき労働政策)を解決していかなければ、国民が経済的に安心して暮らせる社会をつくることは不可能だろう。

米ホワイトカラー・エグゼンプション制度に範を取るというが...

そんな中で創設された「高プロ制度」は、アメリカの「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」(white collar exemption)の日本版だ。果してこれは労働者としてのサラリーマンにとって快適で働きやすい制度なのだろうか。

アメリカにおける「ホワトカラー・エグゼンプション制度」の場合、職務内容による要件は基本的には管理業務・裁量的事務業務・専門業務を対象とし、具体的には以下2つの基準となっている。

(1)基準A:コンピュータ専門業務・専門業務(教員・法律/医療業務)・企業外販売業務――賃金に関する要件=週当たり455ドル以上(年収2万3660ドル以上)
(2)基準B:職務の一部に、管理業務・裁量的事務業務または専門業務があること――賃金に関する要件=年収10万ドル以上

基準Bであれば、日本のような年収1075万円以上の所得を得ている者となるが、これが基準Aとなると、年収約260万円(1ドル=110円で換算)まで下がり、いわゆるワーキングプア・レベルの労働者を「ホワイトカラー・エグゼンプション」としているのがアメリカの場合である(笹島芳雄「労働政策の展望 ホワイトカラー・エグゼンプション制度の創設」『日本労働研究雑誌 5月号』労働政策・研修機構、2016年)。

この制度に反対している人たちは、こうした所得基準のレベルダウンを恐れているのである。これは明らかに、長時間労働や残業代のコストカットという企業側の戦略であることが分かる。

資本主義社会における貧困問題は、かのカール・マルクスがその著作『資本論』で指摘したように、資本家による労働者の賃金や労働時間の搾取から生じたものである。

企業の利益は経営者と従業員の努力によって獲得されたものだから、利益の再配分は公平、かつ、公正に行うのが社会的責任のある企業の責務である。経営者(資本家)が利益を独占し富裕者になるのに対して、利益を産み出すための労働を行った従業員(労働者)が貧困者になるのは、社会倫理や社会的責任に反することである。

社会が持続可能になるには、社会構成員すべてが適切な利益再配分を受け、生活するに十分な賃金を獲得することが不可欠だ。政府や企業が導入に必死になっている「高プロ制度」は、富める者と貧しき者の格差をさらに拡大するための、社会的正義に反する政策であるといわざるをえない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中