最新記事

北朝鮮

「死人を処刑」して生きている人を救う北朝鮮の独特な人命尊重

2019年4月18日(木)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※NKNewsより転載

「死んだ人にもう一度死んでもらう」のが北朝鮮なりの人命尊重 KCNA-REUTERS

<死者の墓を暴いてあらためて処刑する「剖棺斬屍」が現在も行われている北朝鮮――極めて残酷な刑だが、生きている人に害が及ばないようにする方便でもある>

北朝鮮の軍需工場で大きな問題が発生した。製造している銃弾や砲弾から大量の不良品が出たのだ。調査と処罰が行われたが、その処理の仕方には生きている人のみならず、亡くなった人の尊厳すら保たれない北朝鮮の現状が現れている。

北朝鮮では極めて残酷な方法で処刑が行われているが、その銃口はときに、死者にさえ向けられるのだ。

参考記事:「死刑囚は体が半分なくなった」北朝鮮、公開処刑の生々しい実態

両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)の軍需工場は、3年毎に製造品、つまり銃弾や砲弾の定期検査を受けることになっている。今年2月初めに3年ぶりの検査を受けたのだが、その過程で大量の不良品が発見された。生産管理に問題があるとして事態を重く見た検査官は、上部に捜査を依頼した。

人民武力省の指示でやってきた軍検察所の検事は、文書を探り、関係者を次から次へと呼び出して取り調べを行った。しかし、工場関係者の「検収を受けて軍のハンコをもらった」、軍需倉庫関係者の「弾薬庫の管理に何ら落ち度はなかった」という主張が対立、これといった証拠もなかったようで、結論にたどり着けなかった。

困り果てた検察は、こんな妙案を思いついた。それは「死んだ人にもう一度死んでもらう」というものだ。

3年前に工場で検査を行ったのは、軍需産業を司る国の機関、第2経済委員会の係官だが、既に故人だが、検察はこの人物に責任があるとの結論を下した。「死人に口なし」だからちょうど都合がいいということだろう。

それで一件落着となるとの大方の見方とは異なり、人民軍の銃弾の管理をいい加減に管理していた責任を問うという名分で、この責任者に対して「剖棺斬屍」を行い、改めて銃殺刑にせよとの指示が下された。

剖棺斬屍とは、亡くなって葬られた人の遺体を墓を暴いて引きずり出し、改めて処刑するという前近代のアジアやヨーロッパで行われていた極刑中の極刑だ。それを21世紀になってまだ行っているのだ。

亡くなった責任者に対する形式的な裁判が行われ、銃殺が執行された。情報筋は詳細を語っていないが、それを見ていた軍需工場や軍需基地の関係者、一般住民の間から漏れた「あまりにも残酷だ」という反応から、現場の凄惨さの一端が伺い知れる。

北朝鮮の元高官によると、軍需部門における「剖棺斬屍」は時々行われるという。「当事者にとってはとんでもないことで、人権の観点から受け入れがたいこと」としつつも、死者に責任を問うことで、「生きている人に害が及ばない形で事を処理する」方便でもあるという。

前述したとおり、北朝鮮では、極めて残忍な方法で処刑が行われている。

参考記事:機関銃でズタズタに...金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇

今回のケースでは死人に罪をなすりつけることで、それを回避したわけだが、それだけでもあの国なりの人命尊重が行われていると考えるべきなのだろうか。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

再送米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中