中国公認の反逆児、ジャ・ジャンクーの次なるビジョン
Inside Man
社会に根付く不安を描く
こうした象徴的な風景の中をヒロインはさまよう。自分を捨てた男を忘れることができず、彼が率いた結束の固い組織も今や仲間割れして争っている。傷つきやすさと鋼鉄のような意志を巧みに表現する趙は、ハリウッド黄金期の大女優さながらの魅力を放ち、その感情豊かな演技は作品に深みを与える。
賈はこの作品をギャング映画として撮ったと言うが、窮地に陥ってもしたたかに立ち直る女性像は、昔のアメリカ映画にはなかったものだ。作品の主題は前作2本と同じく、金銭によってむしばまれる人間関係。主役の男女も現代中国の弱肉強食の世界で引き裂かれてしまう。
ドキュメンタリー映像を挿入しながら国の歴史を物語形式で見事にまとめ上げる賈は、中国政府にとって期待の星であると同時に、検閲当局に目を付けられてもいる。
そんな賈の姿勢に異を唱える向きもある。国内で作品を上映するために自己規制している、その証拠に汚職役人は描かない、と。実際、もっと先鋭的な独立系監督である応亮や王兵の作品は、政府による国民の権利の侵害を強く批判している。
とはいえ『帰れない二人』の持つ批判精神は薄っぺらなものではなく、作品そのものに力がある。役人の悪行を描写しなくても、賈は政府がうたう「復活した中国」という公式の物語とは全く対照的な「不安」を描き出している。それは社会に深く、 広く根付いた不安だ。
国内で上映できなかった『罪の手ざわり』では、現代中国で金に目がくらんだ人間が犯罪に手を染めた。しかし『帰れない二人』では逆に、裏社会の人間がゆっくりと、金が全ての資本主義社会に溶け込んでいく。
どちらも悲しい話だが、後者のほうが闇は深いように思えてしまう。
※6月4日号(5月28日発売)は「百田尚樹現象」特集。「モンスター」はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか。『永遠の0』『海賊とよばれた男』『殉愛』『日本国紀』――。ツイッターで炎上を繰り返す「右派の星」であるベストセラー作家の素顔に、ノンフィクションライターの石戸 諭が迫る。百田尚樹・見城 徹(幻冬舎社長)両氏の独占インタビューも。
[2019年5月28日号掲載]