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「死に体」の香港長官が辞任できない理由 糸を引く中国政府の思惑とは

2019年7月16日(火)12時30分

7月10日、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案は「死んだ」と述べ、同法案を巡る取り組みは「完全な失敗」だったと認めた。写真は9日、香港で撮影(2019年 ロイター/Tyrone Siu)

香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案は「死んだ」と述べ、同法案を巡る取り組みは「完全な失敗」だったと認めた。同長官のこの謝罪と説明は、香港内の政治的緊張を緩和するには至らず、長々と引き延ばされてきた辞任は時間の問題になったようだ。

デモ参加者や活動家は長官の言葉は信頼できないと主張し、法案の完全撤回と行政長官の辞任を求める声が高まっている。

抗議活動は今後も予定されており、数週間におよぶ大規模かつ時に暴徒化するデモにより、香港は1997年に中国に返還されて以来最大の危機に直面している。

「鉄の女」とも言われるラム長官は辞任はしないと強調しているが、ここ数回の公の場での発言を受け、彼女がすでに辞任の意向を固めたのではないかという憶測が広がっている。

デモ隊による辞任要求を受けて、5年の任期満了を待たずに2年で辞任する気はあるのかという問いに対し、ラム氏は「CE(行政長官)が辞任することはそう簡単ではない」、「私はまだ、香港の人たちのために奉仕する情熱を持っている」と応じた。

一部のアナリストらは、この発言は長官がすでに辞表を出したというサインとみた。しかし、中国政府が適切な時期だと判断しない限り、辞任はできない。

香港やマカオの情勢に詳しい政治学者のソニー・ロー氏は、プロセスは人々が考えるよりずっと複雑だと指摘する。中国政府は、国内・地域のリスクを精査して後継者を探す必要がある。その仕事内容が、香港内の貴重な自由と中国共産党の権威主義を天秤にかけながらバランスを取るということであることを考えると、人選は至難を極める。

ロー氏によると、中国政府は、改正案を巡る騒動で発生したダメージの一部を「修繕」してからラム氏が辞任することを要望する可能性がある。だが、来年9月の立法会選挙までには確実に去っていることを望むだろうという。

ラム氏が率いた改正案への取り組みの失敗を受け、香港の親中派勢力も分裂する気配を見せている。香港の権力者層の間では、すでに幅広い批判の声があがっている。

外交官やアナリストらは、来年1月の台湾総統選挙までは、中国政府が「一国二制度」のイメージをこれ以上傷つけることはしないだろうとみている。中国は一国二制度を台湾にも提案しているが、台湾は拒否している。

香港科技大学のミン・シン准教授は、中国政府はラム氏の辞任を認めないだろうとの見解を示す。

「いま彼女が辞めたり、中国政府に辞任を強いられるようなことがあれば、それは香港および国際社会に対して、世界最大の一党支配国家かつ世界最大の独裁国家である中国が大衆世論の圧力に屈した、という強いシグナルを発することになる」

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