最新記事

インタビュー

日本人が知らない監視社会のプラス面──『幸福な監視国家・中国』著者に聞く

2019年8月19日(月)16時25分
森田優介(本誌記者)

「パターナリスティックな功利主義」で説明できる

――なるほど。それでも日本人の感覚からすると、過干渉と言えるかもしれない。そもそも、なぜ政府が国民の道徳心を高めようとするのか。

梶谷 「パターナリスティックな功利主義」という言葉で説明できるでしょう。

パターナリズムとは「温情主義」「父権主義」と訳されますが、上位者が下位者の意思に関わらず、よかれと思って介入することを是とする態度です。功利主義とはある行為の善し悪しは、それが結果的に社会全体の幸福量を増やすことができるかどうかによって決まる、という考え方です。

両者が結合すると、ゴミの分別を守ることであれ、交通ルールを守ることであれ、政府が人民に対して「こうすればあなたも他のみんなもハッピーでしょ?」という選択肢を提示して、それに従う者には何らかの金銭的見返りを与える、人民のほうもそれに自発的に従う、という状況が生まれます。

政府が人民を監視によって無理やり従わせるというより、「親心」を示すことによって緩やかに管理しよう、というやり方だと言えるでしょう。

――国民の同意が必要な民主主義国とは異質な、中国だからこその試みに思える。

高口 果たしてそうでしょうか。日本には「監視社会は恐ろしい、プライバシーの流出は危険です」という論考はあふれています。一方で「デジタル化は社会の必然だ、便利になる、経済成長につながる」という議論も多い。

ただ、デジタル化によってデータが取得され活用されるようになれば、中国の社会信用システムとの間にはそんなに距離はありません。

その意味で「幸福な監視国家」とは中国だけの話ではありません。恐ろしい異国の話ではなく、私たちの未来の話だと考えています。

梶谷 「監視社会は嫌だ」という立場と「デジタル化で徹底的に利便性の追求を」という立場は対立しているように見えて、実は"慣れ"の問題として捉えられる部分もあると考えています。

監視につながる新しいテクノロジーが登場すると、なんとなく気持ち悪いからと反発する世論が一時的に盛り上がるが、結局利便性が高いため広がっていき、最初は反発していた人たちもそれに"慣れ"ていく。

Suicaなどの交通系ICカードや防犯カメラなどがそうだったように、これまで日本社会でも繰り返されてきた歴史です。

そう考えれば、今は異形に見える中国の監視社会が、気が付けば日本でも当たり前になることは十分にあるのではないでしょうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界の社債デフォルト件数、4月は3年半ぶり高水準=

ワールド

ゼレンスキー氏、外遊中止 ロシアはウクライナ東部と

ビジネス

焦点:実質賃金プラスに逆風、円安再加速なら後ずれも

ワールド

ペトロブラス、CEO交代で株価急落 政治介入拡大懸
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中