最新記事

インドネシア

「イスラム法も現代にアップデートを」婚外性交論じた論文、批判殺到で修正へ

2019年9月18日(水)19時25分
大塚智彦(PanAsiaNews)

コーランの読み方は時代とともに変わったが…… Feisal Omar - REUTERS

<若き研究者の意欲的な論文は、伝統的宗教観と現代社会の橋渡しをするものとして当初は高い評価を受けたが......>

世界最多のイスラム教徒を擁するインドネシア。そのイスラム教徒の間で、聖典「コーラン」の記述とイスラム教における婚外性交の解釈を巡って論争が起き、保守的イスラム教団体からの抗議で学生が執筆した博士論文の内容が修正に追い込まれる事態が起きた。

学生は抗議を受け入れて修正に応じ、大学当局も最初は高い評価を与えていた論文の内容に対する修正を認め、なおかつ「修正要求は学問の自由を侵すものではない」と弁明するに至った。

イスラム教の教義を現代の社会や状況に合わせて合理的に解釈しようとした若きイスラム教学徒の意欲的、挑戦的試みは旧態然たる保守的イスラム教団体の抗議の前にあえなく潰えたようにもみえる今回の論争を振り返る。

婚外性交は人権と伝統的教義に挑戦

中部ジャワ州のジョグジャカルタにあるスナン・カリジャガ国立イスラム大学の博士課程に在籍する学生アブドル・アジズ氏は博士論文を執筆して8月28日に論文審査会の口頭試問に臨んだ。

地元紙「ジャカルタ・ポスト」の報道によると、アジズ氏は論文の要旨に基づいた研究成果として「イスラム法の下で現在、婚外性交は許されるべきものであると考える」「婚内、婚外に関わらず性交は国家によって保護された性に関する基本的な人権である。イスラムの伝統的な教義では結婚に基づく性交だけが合法で婚外性交はそうではないとされているのが実態だが、この研究論文は婚外性交に正当な評価を与える新たな教義を見出すことを目的として書かれたものである」などと口頭試問に出席した教授陣に対して述べたという。

論文審査の教授陣、高評から一転修正を要求

ところがこの内容がメディアの関心を呼んで報道されるや否やイスラム教団体やイスラム教学者から強烈な反論が沸き起こった。

審査会に参加した教授陣は当初アジズ氏の論文内容を「非常に素晴らしい内容」と評価していたものの、外部からの批判が高まると態度を一転。2日後の8月30日にはアジズ氏に対して論文内容の修正を要求するに至ったという。

さらに次期副大統領就任が決まっているイスラム教学者マアルフ・アミン氏が所属した「インドネシア・ウラマ評議会(MUI)」も9月3日、「(アジズ氏が執筆、発表された)論文は歪んだイスラム思想を反映しており、イスラム社会と国家の倫理を損なう内容で拒否されるべきものである」との見解を発表した。加えて「全てのイスラム教徒はこの論文の意見に従わないよう求める」とのアンワル・アッバスMUI事務局長の声明を公にするなど強硬な反対論を展開した。

こうした「想定外」の強い反発や修正要求に対しアジズ氏は、批判を浴びた複数の部分を論文から削除、修正することに同意すると同時に「信仰深いイスラム教徒の人々に対し、自分の論文が巻き起こした論争についてお詫びする」と謝罪までする事態になった。



190924cover-thum.jpg※9月24日号(9月18日発売)は、「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集。終わりなき争いを続ける日本と韓国――。コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)が過去を政治の道具にする「記憶の政治」の愚を論じ、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の映画監督、ヤン ヨンヒは「私にとって韓国は長年『最も遠い国』だった」と題するルポを寄稿。泥沼の関係に陥った本当の原因とその「出口」を考える特集です。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中