最新記事

経済

正しいキャッシュレスの使い方、教えます

CASHLESS SOCIETY

2019年10月10日(木)12時55分
坂井豊貴(慶應義塾大学経済学部教授、〔株〕デューデリ&ディール チーフエコノミスト)

ERHUI1979/ISTOCKPHOTO

<利便性かプライバシーかが問われる支払い手段との上手な付き合い方>

一昔前のことだが、私はよくコンビニのATMで現金を引き出して、そのお金で店内の商品を買っていた。聞くところによると、そのコンビニでは売り上げで得た現金は、毎日そのATMに入れて管理するとのこと。私がATMから引き出した現金は、そのATMに還っていたわけだ。

だがそれなら現金を私からコンビニに物理的に動かす必要はない。お金の持ち主の名義を、私からそのコンビニに書き換えればよいだけだ。キャッシュレスとは要するにそれを実行しているわけだが、話はそう単純ではない。

昨今、スマホのQRコードでお金を支払う「なんとかペイ」が乱立している。それらQR決済の事業者は、ユーザーを獲得するため、値引きやポイント還元のキャンペーンを展開している。過去にはLINE Payの総額300億円や、PayPayの100億円を2回といった大規模なものまであった。また、交通系カードの代表格Suicaは、10月から2%の還元キャンペーンを始めると発表している。

これらは、お金を支払った先から値引きやポイント還元を受けるわけではない。お金の支払い手法として使ったサービスから、それらを受けるのである。タダで使ったサービスから、さらに恩恵を受けるとは不思議な気もする。

とはいえ、「ノーフリーランチ」の格言はここでも成立する。サービス提供者は、いつ誰がどこで何を買ったかの個人情報を得られる。この情報は価値が高い。ユーザーの全体像を把握できるようになるし、個人に特化した広告を出せるようにもなる。昨今、ターゲットごとに広告を変える仕組みは、社会の随所に導入されている。例えば一時期、私がタクシーに乗ると、座席前のタッチパネルには必ず俳優の照英が出るCMが映っていた。これはカメラが私の年代と性別を読み取って、そのCMを選び、映していたのである。

香港デモでの現金払い

私自身はスマホのモバイルSuicaを使うことが多い。QR決済と違い、アプリを立ち上げる必要がないので支払いが手早い。私の購買情報が、どこでどう用いられているのかは知らない。今のところ何となく不利益は起きていない気がするので、便利さを優先して使っている。

だが移動の情報がサービスの提供者に伝わるというのは、ときに大変な脅威となるものだ。

例えば香港ではここ数カ月、犯罪容疑者を中国本土に移送するという逃亡犯条例改正案に端を発した大きなデモが続いている。その際、多くのデモ参加者がSuicaのような電子支払いではなく、現金で切符を買って電車に乗っていた。電子支払いだとデモへの参加が治安当局に伝わる恐れがあるからである。デモに参加するという思想や表現の自由に、参加者のプライバシーはないのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB当局者、6月利下げを明確に支持 その後の見解

ワールド

米、新たな対イラン制裁発表 イスラエルへの攻撃受け

ワールド

イラン司令官、核の原則見直し示唆 イスラエル反撃を

ワールド

ロシア、5─8年でNATO攻撃の準備整う公算=ドイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲…

  • 7

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 8

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 9

    インド政府による超法規的な「テロリスト」殺害がパ…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中