最新記事

韓国

アメリカが繰り返し「ウソ」を指摘......文在寅直轄「国家安保室」の暴走

2019年11月14日(木)11時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

韓国・国家安保室の見解に米側はたびたび疑義を呈している Jung Yeon-Je/Pool/REUTERS

<南北融和に執着する文在寅大統領の意向に沿うように、青瓦台(大統領府)の国家安保室は事実の歪曲を重ねている>

韓国政府は7日、北朝鮮の20代男性2人を、南北の軍事境界線にある板門店(パンムンジョム)を通じて北朝鮮に追放した。2人は韓国に亡命する意思を示していたにも関わらず、強制送還したのだ。韓国が脱北者を強制送還したのは、これが初めてのケースだ。

統一省はその理由について、2人は乗務していたイカ釣り漁船の船上で同僚16人を殺害したと見られており、「重大な犯罪であり、韓国の国民の生命や安全の脅威となる。凶悪犯罪者として、国際法上の難民としても認められないと判断した」と説明している。

しかし16人殺害の疑いは、客観的な捜査によって立証されたものではない。仮に事実だとしても、強制送還は韓国の憲法や各種の国際法に違反する可能性が高い。ろくに調査も行わず拙速に強制送還を実行した政府の措置には、韓国の国内外から強い批判が出ている。

ホワイトハウスの怒り

韓国紙・東亜日報は11日、「北朝鮮への追放決定は、管轄機関である統一部(省)と国家情報院が独自の意見を出さず、国家安保室が職権で決定した」と伝えた。国家安保室は青瓦台(大統領府)に置かれている行政機関で、国家の安全保障に関わる大統領の職務を補佐する。

東亜日報の報道を受け、統一省は同日、「青瓦台の安保室と関係官庁が緊密に協議し、決定した」と反論するコメントを出した。しかし、国家安保室の単独での決定は否定したものの、同室が主導したことは認めている。

国家安保室はこのところ、様々な場面で悪名が高い。

今月初め、同室の鄭義溶(チョン・ウィヨン)室長は国会運営委員会の国政監査で、「北朝鮮が移動式発射台(TEL)で大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射するのは困難」と主張した。これに対し、韓国国内では一気に非難の声が噴出し、米国科学者連盟非常勤シニアフェローのアンキット・パンダ氏もツイッターで「韓国の国家安保室長が『開いた口がふさがらないほどの大うそ』をついた」と批判した。北朝鮮は2017年だけで3回もTELからICBMを発射しているのだから、当然の反応と言える。

国家安保室長がこのような事実のわい曲を行うのは、南北対話に執着する文在寅大統領の意向に沿い、北朝鮮の脅威を過小評価するためだろう。またこの出来事を考え合わせると、冒頭で言及した脱北者の強制送還も、北朝鮮の顔色をうかがうためだったのではないかと疑わざるを得ない。

国家安保室は韓国政府による日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を巡っても、米国からの非難の的になっている。韓国紙・朝鮮日報によれば、ホワイトハウスの高位関係者は、同室の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)第2次長がGSOMIA破棄について米国の理解を得ていたと取れるような説明をしていたことについて「嘘だ」と強く否定したという。

参考記事:「韓国外交はひどい」「黙っていられない」米国から批判続く

参考記事:「何故あんなことを言うのか」文在寅発言に米高官が不快感

韓国の安全保障の指令となるべき機関が、逆に国家安保をき損する役割を果たしているわけだ。国家安保室は今後、野党やメディアから集中的な検証を受ける可能性が高い。そこで明らかにされる内幕のあり方によっては、文在寅政権そのものが大きく揺らぐ事態につながるかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレに忍耐強く対応、年末まで利下げない可能性=

ワールド

NATO、ウクライナ防空強化に一段の取り組み=事務

ビジネス

米3月中古住宅販売、前月比4.3%減の419万戸 

ビジネス

米新規失業保険申請、21万2000件と横ばい 労働
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲…

  • 7

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 8

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 9

    インド政府による超法規的な「テロリスト」殺害がパ…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中