最新記事

環境

あのブラックロックが環境重視に転換、石炭株を放出──オーストラリア国債が危ない

BlackRock is the canary in the coalmine. Its decision to dump coal signals what’s next

2020年1月22日(水)17時00分
ジョン・クィギン

石炭投資に背を向けた世界最大の資産運用会社ブラックロック Lucas Jackson-REUTERS

<米投資ファンド大手ブラックロックは投資の方針を環境問題重視へと転換し、石炭関連投資の削減すると発表。その影響は温暖化対策に後ろ向きなすべての政府・企業に及びかねない>

米資産運用大手ブラックロックは先日、同社の運用資産から5億ドルを超える石炭関連株を放出すると発表した。

それほど大きなニュースには思えないかもしれない。ここ数年、同じような声明は何度も発表されているからだ。オーストラリアやヨーロッパのほぼすべての大手銀行と保険会社、その他世界的な大企業の多くは、すでに同様の方針を打ち出している。

環境NGOの国際ネットワーク「アンフレンド・コール・キャンペーン」によると、保険会社は約8.9兆の石炭投資の引き受けを停止し、資産の46%に対する再保険の提供も止めた。これは世界の石炭産業の資産全体の3分の1(37%)を超える額だ。

ブラックロックの決断は重要

今回の発表がきわめて重要なのは、ブラックロックという会社の規模が大きいからだ。

同社は投資会社としては世界最大で、運用資産の総額は7兆ドルにのぼる。それが「気候変動を投資戦略の中心に置く」と宣言したのだから、石炭と炭素ベースの経済に肩入れし続けている小規模な金融機関はその健全性が揺らぐことになるだろう。

ブラックロックの決断が重要であるもう一つの理由は、同社の主力ファンドが市場全体の動きを反映させるインデックスファンドだからだ。

これまでのところ、同社のインデックスファンドには石炭株から資金を引き上げた様子はみられない。たとえばブラックロックの「iShares米国S&P 500インデックスファンド」は、約10億ドルのエネルギー投資を含め、約230億ドルの資産を保有している。

だが今回、同社が打ち出した環境重視の姿勢と、同社が運用するエネルギー企業寄りのインデックスファンドとの矛盾は明らかだ。解決策を要求する圧力は高まるだろう。

影響は株式市場全体に

解決策の1つは、世界最大の鉱山会社BHPグループなどが石炭関連資産を手放すことかもしれない。そうすれば、ブラックロックの積極運用(優良株を選定)と安定運用(あらゆる株を保有)の投資先として残ることができる。

化石燃料に依存している企業を除外したインデックスファンドを開発する手もあるかもしれない。株価指数を作る際に、これらの企業を除外してしまうということも考えられる。

ブラックロックのローレンス・フィンクCEOは、気候変動リスクは顧客が最も注目する問題になっていると指摘。今回の決定は地方債から住宅ローンまで、あらゆる投資にすぐ影響を与えると述べた。

影響は国債の評価にも及び、そうなれば石炭大国オーストラリアは深刻な問題に直面する。

豪国債の格付けは下落寸前

森林火災の大きな被害と豪政府の生温い対応は、オーストラリアが気候変動の影響を大きく受ける国の一つでありながら、その解決にほとんど尽力してこなかった国であることを示している。

国債の投資家がブラックロックやその他の金融機関の例に習うとすれば、次に起きるのはオーストラリア国債からの資金引き上げだ。

このプロセスはすでに始まっており、スウェーデンの中央銀行は保有するオーストラリア国債を放出する決定を下した。

スウェーデンの動きは単独だったため、オーストラリア国債の価格と利回りにほとんど影響を与えなかった。だが最近のダイベストメント(投資引き上げ)運動の際立った特徴は、「象徴的な姿勢」が瞬く間に関連企業の資金調達難につながっていることだ。

オーストラリアのクイーンズランド州にあるカーマイケル炭鉱の開発事業を計画したインドの複合企業アダニグループが、金を貸す銀行を見つけることができなかったという事実は、こうした圧力の存在を示している。

大々的な石炭株売りが起きるまでもなく、ムーディーズやスタンダード&プアーズ(S&P)などの格付け機関は、債券保有のリスクが具体化する前に織り込むことになっているのだから。

怠慢は高くつく

オーストラリア国債が大量に売却される恐れがある場合、格付け機関はオースラリアの信用格付けを引き下げる義務がある。オーストラリア国債はこれまでトリプルA(AAA)で高く評価されてきたが、その引き下げも近いかもしれない。

そうなれば、オーストラリア国債の金利が急騰し、経済全体に悪影響を与えることを意味する。そこにはブラックロックの発表にあるように、住宅ローン金利も含まれる。

オーストラリア政府は気候変動について何もしなかったことについて、「経済破壊」を招きかねないから、と釈明してきた。

しかし、石炭関連の投資を有害とみなす動きが広がると、政府の不作為がより大きな損害を引き起こすリスクが高まるだろう。

(翻訳:栗原紀子)

The Conversation

John Quiggin, Professor, School of Economics, The University of Queensland

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ中、ガス輸送管「シベリアの力2」で近い将来に契約

ビジネス

米テスラ、自動運転システム開発で中国データの活用計

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ワールド

ウクライナがクリミア基地攻撃、ロ戦闘機3機を破壊=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中