最新記事

新型コロナウイルス

ウイルスを撒き散らす飛行機、乗るなら予防接種義務化を

Airplanes spread diseases quickly – so maybe unvaccinated people shouldn’t be allowed to fly

2020年3月4日(水)19時10分
クリストファー・ロバートソン(アリゾナ大学法学部教授)、キース・ジョイナー(同医学、経済、医療促進科学部教授)

2020年1月25日、上海に到着した乗客の健康状態をチェックする医療従事者 David Stanway-REUTERS

<飛行機が飛んでいる限り、新型コロナウイルスやインフルエンザの大流行を防ぐことは不可能だ。予防接種を義務付け、予防接種がイヤなら飛行機に乗れないことにするべきではないか>

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、2月25日に行われた米議会上院の公聴会で、保健福祉省のアレックス・アザー長官は、「アメリカをウイルスから完全に守ることはできない」と語った。

これまでのところアメリカの感染者数は3月2日時点で108人と比較的少ないが、保健当局トップのこの発言によって、アメリカにおけるコロナウイルスの影響に関する懸念が高まった

韓国では新たに数百人が感染、イランでは死者が発生、イタリアでは10の町が封鎖されていることから、急速に感染を広げるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)はパンデミック(世界的な大流行)寸前の状態といえるかもしれない。WHO(世界保健機関)も今では「パンデミックに発展する可能性」があると発言している。

現在の危機は、急速に変わりゆくこの世界に病原体がどれほど迅速に広がりうるかを示している。世界中で航空便の欠航、クルーズ船の隔離、旅行の禁止、中国の対策の監視といった対応がとられていることからすると、緊急の介入と封じ込めの必要があることは確かだ。

現時点で、航空機がウイルスの感染拡大を大きく後押ししているということは疑う余地がない。われわれは法律と公衆衛生の専門家として、空の旅はどの程度、感染性病原体の拡散の原因となっているのか、今後開発されるワクチンによってそれがいかに抑制されるかを研究している。

1人の患者が16人に

2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行で航空会社は推定70億ドルの損失を被った。航空便の運航中止や貿易への影響といった要素を考慮すると、COVID-19がもたらす損失ははるかに高くなる可能性がある。

これは今に始まったことではない。空の旅はジフテリア、A型肝炎、インフルエンザAとB、麻疹、おたふく風邪、髄膜炎菌、風疹、結核、ノロウイルスなど、多くの病原性感染症の蔓延経路となっている。

アメリカでは、1日あたり250万人以上が航空機で移動し、長い金属製のシリンダーに詰め込まれて何時間も同じ空気、同じトイレを共有し、肩を触れ合う距離で食事をとる。

空港では麻疹の流行が始まる。SARSの症状を示す患者が飛行機に1人乗っていると、16人の乗客が発症する。季節性インフルエンザが飛行中に伝染することは、これまでの記録で十分に裏付けられている。

9・11テロでアメリカ上空が飛行禁止になり、航空機が一時3日間姿を消した後は、季節性インフルエンザのピークが例年より遅れるなど、感染症関連のパターンは劇的に変化した。例年、航空機でアメリカに持ち込まれるウイルスが持ち込まれなかったためとみられる。インフルエンザの広がりを予測するのにいちばんいい先行指標は、国内の航空交通量であることがわかった。

特に長期にわたる密接な接触が伝染を拡大することは間違いない。これは、呼吸器を通じた飛沫感染、直接の皮膚接触、そして時には、経口感染や排泄物を通じた感染にもあてはまる。さらに悪いことに、人々を各地に移動させる航空機は、本来なら地域限定で終わるはずの感染症の流行を世界的な危機に変えてしまう。

航空機ほど、感染症を効率よく拡大させるものはない。

今こそデータベースを

米疾病対策センター(CDC)には伝染病にかかった人の航空機利用を禁じるガイドラインがある。だがこの指針は、すでに診断された患者、または明白な症状がある患者にのみ有効であり、ウイルス性疾患の伝播は通常、症状が現れる前の数日、場合によっては数週間前に始まる。たとえば、COVID-19の潜伏期は2日から2週間と考えられている。その間は、現在の指針は機能しない。

ここで提案したいのは、航空会社が乗客に予防接種を要求するか、少なくとも予防接種ができない理由について医学的な適用除外理由を提示させることができるようにすることだ。今こそ、このやり方を検討するべき時だろう。

現在、科学者はCOVID-19ワクチンの開発を急いでいる。ワクチン開発に成功した暁には、ワクチンを普及させる戦略がすぐに必要になる。また、ちょうど今月、FDA(米食品医薬品局)はパンデミック・インフルエンザ(H5N1)の新しいワクチンを承認した。季節性のインフルエンザに効果のあるワクチンはすでに存在している。

今回のことは、パンデミックが起きた場合に幅広い層の人々にワクチンを接種する方法を見つけるための優れた試験台となる。空港でワクチンを提供することもできるかもしれない(一部の空港ではすでに、既存のワクチン接種が可能だ)。

しかし長期的な目標は、将来の季節性インフルエンザの発生や流行に備えて、誰がワクチン接種を受けたかを特定するためのデータベースを作成することだとわれわれは考えている。

航空機と空港に的を絞れ

予防接種義務を空の旅に結びつける明確な法的権限は存在する。9・11テロ以降、裁判所は、航空会社が乗客と地上の人間をリスクから保護する義務があることを強調。CDCあるいは公衆衛生局長官は、「伝染病の拡散を防止するために、そのような規制を作成および施行するための権限を行使することができる」とした。

アメリカの憲法の下では、連邦政府に「州際通商のチャンネル」に関する規制を設定する権限が与えられている。それには航空会社も含まれる。

予防接種を拒否する個人の権利はどうだろうか。裁判所は、長期にわたる密接な接触が避けられない学校におけるワクチン接種の義務を長い間認めてきた。

国民には「旅をする権利」があり、宗教的慣行を政府の介入から保護する法律もあるが、裁判所はワクチン接種を政府の専権事項であることを明示的に宣言した。裁判所は1世紀以上前からワクチン接種を義務づける政府の権限を認めている。

これらの基本的な法的原則は、航空会社と空港が病気の蔓延を食い止めるカギであることを示唆している。感染拡大を阻止する対策は、そこに焦点を当てるべきだ。空港と航空機に的を絞った対策こそ、最大の効果をあげる可能性が高い。

(翻訳・栗原紀子)

The Conversation

Christopher Robertson, Professor of Law, University of Arizona and Keith Joiner, Professor of Medicine, Economics and Health Promotions Science, University of Arizona

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ほぼ横ばい、経済指標や企業決算見極め

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米指標やFRB高官発言受け

ビジネス

ネットフリックス、第1四半期加入者が大幅増 売上高

ビジネス

USスチール買収計画の審査、通常通り実施へ=米NE
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中