最新記事

米外交

WHO脱退も対中強硬姿勢も自分の失態隠し。トランプ外交が世界を破壊する

Trump Scapegoats China and WHO—and Americans Will Suffer

2020年6月1日(月)18時55分
ローリー・ギャレット(科学ジャーナリスト)

最近の世論調査からは、支持政党によってコロナ問題への見方が分かれていることがうかがえる。例えばCBSニュースの世論調査では「新型コロナウイルスは人為的に作られた」と考えている人の割合は、民主党支持者では30%に留まったが共和党支持者では67%に上った。

ピュー・リサーチ・センターの調査では、中国政府や習近平(シー・チンピン)国家主席によくない印象を持つアメリカ人の割合は増加し66%に達したが、共和党支持者の間では以前からその割合は高かった。他の調査では、アメリカ国内で新型コロナウイルスによる死者が出た責任の一端は中国政府にあると考えている人は全体の73%に達した。

WHOに対する見方はさらに分かれている。ウェブメディアのポリティコとモーニングコンサルトが5月下旬に行った世論調査では、WHOのコロナ問題の扱い方が「悪い」または「中ぐらい」と答えた人が全体の43%だったのに対し、「よい」または「すばらしい」と答えた人は48%だった。また、WHOのコロナ対策について問うと、足りないと答えた人は35%、適切だと答えた人は40%、「やりすぎ」と答えた人は9%だった。

NYで感染爆発を起こしたのはイタリアのウイルス

WHOを評価する人がそれなりにいるにも関わらず、トランプ政権はWHO批判を緩めていない。5月18日、テレビ会議方式で開催されたWHOの年次総会で、アメリカのアレックス・アザー厚生長官は「感染拡大が制御できなくなった主な理由の1つについて、われわれは率直に話し合わなければならない。この組織(WHO)は世界が必要とする情報の入手に失敗し、その失敗により多くの命が失われた」と述べ、WHOのコロナ対応に関する独立調査を求めた。これに対し中国は、通常の拠出金に加え20億ドルを拠出すると述べた。

ホワイトハウスに対しては、中国での感染拡大に関して米情報当局から緊急かつ詳細な報告が12月と1月に行われていたことや、WHOに出向している米当局者からも詳細な報告が継続的に行われていたことを示す多くの証拠がある。トランプはそれを知りながら、中国やWHOへの非難をやめようとはしない。

実のところトランプは、WHOから感染状況の緊急性に関する情報を受け取ってすぐに断固たる行動を取っている。1月下旬に中国への渡航歴のある人の入国を禁止する命令を出すなど、政権は迅速な対応を取ってきたとトランプは繰り返し主張している。3月に入り、この措置が「多くの人の命を救った」と主張したトランプは、3月下旬には「たぶん数万人」の命が救われたと言うようになり、4月7日の記者会見では「中国からの入国を禁止した時には、ありとあらゆる悪口を言われたが、もしそうしなければ何十万人も死者が増えていただろう」と言うに至った。

しかしアリゾナ大学の進化生物学者マイケル・ウォロビーによる最近の驚くべき研究は、渡航制限という感染対策の有効性に深刻な疑問を投げかける。

ウォロビーと彼のチームは、何千もの新型コロナウイルスの遺伝子の詳細を分析することによって、アメリカにおける感染者第1号と考えられているシアトルの患者が、その後の感染拡大の原因ではないことを発見した。

この人物は、1月15日に武漢からシアトルに到着し、数人にウイルスを感染させたが、それ以上には広がらなかった。2月に渡航制限が設けられた後、米国国民を含む約4万人が入国した。そのうち2月13日〜19日の間にシアトルに到着した感染者からウイルスが拡散し、西海岸の流行が始まった。

またウォロビーの研究チームは、2月初めに武漢からヨーロッパ経由で入国した陽性患者らは感染源とはならず、湖北省からイタリア経由で2月7日〜14日の間にアメリカに入国した旅行者がイタリアで猖獗をきわめていたウイルスを持ち込み、そこから感染が拡大したことを発見した。

ニューヨーク市で感染爆発を起こしたウイルスは、渡航制限が実施されてから数週間後の2月20日頃にイタリアから到着したウイルスの遺伝的子孫だったのだ。

ウォロビーは同様の遺伝子マッピングでHIV(エイズ・ウイルス)とインフルエンザの流行経路を明らかにした実績がある。彼の分析が正しいとすれば、アメリカをはじめ、新型コロナ感染症の被害が大きい国々で感染が急拡大したのは、渡航制限が設けられた後、そしてWHOがPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を発令した後だったということになる。

香港国家安全法で関係悪化

それにもかかわらず、感染拡大の責任をめぐるトランプ政権と中国の習近平指導部との緊張は高まり、非難合戦は激化する一方だ。5月22日から開始した全国人民代表大会で、中国が香港の自由と民主主義の重要な側面を取り消す「香港国家安全法」の導入が決定されたこともさらに関係を悪化させている。

米議会では民主・共和両党の指導者が、今世紀半ばまで香港の自立を保証する1997年の英中間の取り決めを事実上破棄したことになる、と中国を強く非難している。一方、中国の指導者たちはCOVID-19を利用した言葉の戦争で反撃した。

中国国営の人民日報は5月28日付の記事で、新型コロナウイルス感染症に対するトランプの国内対応を「無能」と切り捨て、アメリカの死者数の多さを「米国史上最も暗い瞬間の一つ」と決めつけた。さらに歯に衣着せぬ社説でトランプを攻撃した。

「アメリカの膨大な感染者数の背後にある重要な要因は、トランプ政権が新型コロナウイルス危機の対応を誤ったことだ。地球上で最大の強国で、最も高度な医療技術を誇るアメリカでは、新型コロナウイルスでこれほど多数の死者が出るはずではなかった。ウイルスが全国に広がる最中に、トランプ政権は重要な時間を浪費したせいだ。」

翌日、トランプはWHOからの脱退を表明した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中