最新記事

新型コロナウイルス

感染第1波で医療崩壊の悪夢を見たアメリカは、第2波を乗り切れるのか

“We Didn’t Know What We Know Now”

2020年7月22日(水)19時00分
アダム・ピョーレ

新型コロナ患者の情報管理に追われる看護師(カリフォルニア州・5月) MARIO TAMA/GETTTY IMAGES

<世界を襲った感染症の第1波に遭遇した医療現場から医療現場へ──生存率を上げるための情報が伝わり蓄積されている>

米アリゾナ州フェニックスのバナー大学病院。ここの救急病棟に初めて運び込まれたCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の患者は、若い母親とその息子だった。東へ300キロほど離れた先住民アパッチ族の居留区からヘリコプターで搬送されてきたのだが、既に息子は死亡。母親も呼吸器疾患で深刻な状態に陥っていた。3月半ばのことで、現場のスタッフは新型コロナを疑った。しかし病名が分かったところで、打つ手はないに等しかった。

「母親は1週間ほど寝込んでいた。それで地元の診療所に行ったが、2時間もしないうちに状態が急変し、人工呼吸器が必要になった」。州内有数の病床数800を誇る同病院の呼吸器疾患部長で救命医療の責任者も兼ねるマリリン・グラスバーグは、今にしてそう言う。「でも当時の私たちは、今なら知っていることを知らなかった。だから今ならできる処置を、してあげられなかった」。失われた命は取り戻せないが、もしも州内の至る所からこの病院に新型コロナの患者多数が運び込まれている今の時点でこの母子が救急搬送されてきたのなら、少なくとも母親には、病と闘って生き延びる機会があったのではないか。

ほんの2週間ほど遅いだけでも、医師たちは病理解剖で遺体のあちこちに血栓が認められることに気付いていたはずで、そうであれば母親に血栓を溶かす薬を投与する選択肢もあったはずだ。患者の免疫系の「暴走」に気付き、あえて免疫を抑制するステロイド剤を投与して暴走を止めるという選択もあり得た。

そもそも、今なら連邦政府や州政府の公衆衛生当局が彼女たちの症状をいち早く把握し、もっと早い段階で大病院のICU(集中治療室)に入れていたはずだ。そうすれば母親だけでなく、息子も助かったかもしれない。

貴い臨床医の経験知

アメリカは今、新型コロナの感染第2波に見舞われている。深刻だが、自ら招いた災禍と言うしかない。甘くみていたし、マスク着用の是非を政治問題にするという愚かしさもあった。楽しくなければ人生じゃない、あとは野となれ山となれという無責任な精神構造もあった。

しかし、かすかだが希望の光も見えている。この危機が始まってから半年がたち、医療現場にはそれなりの知見が蓄積されているからだ。今はアリゾナでもテキサスでも、地域の中核病院なら数カ月前の武漢やイタリア、あるいはニューヨーク市の救急病院より、ずっと的確かつ有効な治療を期待できるだろう。

つまり、アリゾナやフロリダなど感染拡大中の地域で新型コロナにかかって重症化した人でも、今ならしかるべき治療を受けられれば、命を取り留める可能性が高まっている。ただし患者数が増え過ぎるとベッドも医者も人工呼吸器も足りなくなり、「しかるべき治療」を受けられる可能性は激減する。

数字を見る限り、今のところ患者の生存率は改善しているようだ。米疾病対策センター(CDC)によると、肺炎やインフルエンザ、または新型コロナによる死者が米国内の死亡者総数に占める割合は、6月半ばの時点で9週間前の9.5%から6.9%にまで低下していた。

【関連記事】日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言
【関連記事】「恐怖の未来が見えた」NYの医師「医療崩壊」前夜を記す日記

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ、経済は正しい軌道上にあり金融政策は十分機能

ワールド

イスラエルのミサイルがイラン拠点直撃と報道、テヘラ

ビジネス

中国シャオミ、初のEV販売台数が予想の3─5倍に=

ワールド

イスラエル北部の警報サイレンは誤作動、軍が発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中