最新記事

中国

香港国安法を「合法化」するための基本法のからくり

2020年7月20日(月)11時05分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

香港行政長官が会見 「国家安全法」を擁護 Tyrone Siu-REUTERS

香港基本法の解釈権と改正権は全人代常務委員会にあり、香港の裁判所は国防や外交などの国家行為を管轄しないと明記してある。国家安全を国家行為と解釈すれば合法的に国安法を制定できるよう最初から仕組んである。

香港国家安全維持法(以下、香港国安法)に対して今後どのように対処していけばいいのか、そして何が起きようとしているのかを見極めるためには、まず中国がどのような法的論理で何をしようとしているのかを客観的に位置づけなればならない。

基本構造

その思考を明晰にするために、既知のことではあっても、先ずは順序だてて基本構造を見てみよう。

 ●中華人民共和国憲法第31条(1982年改憲)には、「国家は、必要のある場合は、特別行政区を設置する。特別行政区において実施する制度は、具体的状況に照らして全国人民代表大会(以下、全人代)が法律でこれを定める」とある。

 ●特別行政区で遂行される制度は「一国二制度」である。一国とは「中華人民共和国」で、二制度とは「社会主義制度:大陸」と「資本主義制度:特別行政区(香港、マカオなど)」である。

 ●特別行政区は中国大陸の一般の行政区分である省(河北省、安徽省...など)や直轄市(北京、上海...など)と違い、その行政区における独自の法律が適用され、高度な自治権を持つ。

 ●特別行政区では施行される法律は「特別行政区基本法」で、現在は「香港特別行政区基本法」と「マカオ特別行政区基本法」がある。

香港特別行政区基本法の法的構造―仕組まれた爆弾

香港国安法という観点から見た時、香港特別行政区基本法(以下、基本法)には、以下のような基本構造がある。

 ●基本法の解釈権は全人代常務委員会にある(基本法第158条)。

 ●基本法の改正権は全人代にある(基本法第159条。3分の2以上賛同で議決)。

 ●香港特別行政区の裁判所(法院)は、国防や外交などの国家行為に対しては管轄権を持っていない。香港特別行政区の裁判所では、国防、外交などの国家行為に関する事件の審理において、事実関係に疑義が生じた場合には、必ず行政長官に事実関係に関する証明書をもらわなければならない。この証明書は裁判所に対して束縛力を持つ。行政長官は、当該問題について証明書を発行する前に、必ず(中国大陸の)中央人民政府(=中国政府=「北京」)から証明書を取得しなければならない(基本法第19条)。

今般の香港国安法において発揮されたのは、この基本法第19条である。

ここに書いてある「国防や外交などの国家行為」の中に「国家安全」を含めたと解釈すべきで、その解釈権は基本法158条が定める通り、全人代常務委員会にある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、PPIはインフレ高止まりを

ビジネス

米アマゾンの稼ぎ頭AWSトップが退任へ

ビジネス

ソニー、米パラマウント買収を「再考」か=報道

ビジネス

米国株式市場=上昇、ナスダック最高値 CPIに注目
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中