最新記事

親権問題

日本人の親による「子供連れ去り」にEU激怒──厳しい対日決議はなぜ起きたか

Japan and Child Abduction

2020年8月5日(水)18時05分
西村カリン(ジャーナリスト)

だが現実には、ハーグ条約に基づいて解決されたケースは一部にとどまる。外務省によると、子供の返還などを実現するための援助の申請数は2014年度で113件。その後は、年間およそ50件。詳細を見ると、数年前から全く出口が見えないケースも残っている。

当事者であるフランス人男性がこう説明する。「日本の裁判で返還命令が出ても、なかなか執行されない。日本に連れ去られた子供は、日本人の親が返還を拒否したら返還されない。裁判で勝っても、いくら頑張っても外国人の親はもう子供に会えなくなってしまう。万が一、日本に来て子供に会おうとしたら逮捕される可能性がある。何人もそうなった。日本では強制的に子供を返還させることはしないから。国内法律を変えないとこの問題は解決できない」

「僕も自殺を考えた」

数年前には、子供に会えない悩みでフランス人男性2人が自殺した。「僕も自殺を考えたがやめた。息子に頑張っているパパの姿を見せたほうが意味がある。いつか息子が気付いてくれると期待している」と、別のフランス人男性は強調する。

外務省のハーグ条約担当者も裁判所の返還命令が執行されない例があると認め、「夫婦の関係が特に悪い事例で、解決方法がない」と言う。

ハーグ条約は、返還原則の例外も定めている。いくつかあるが、なかでも注目すべきは「返還により子が心身に害悪を受け、または他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険がある場合」。これには子供への虐待やDV等が含まれる。

子供を連れ去った疑いがある日本人女性はほとんどの件で、「DVを防ぐために逃げた」と説明する。もちろんDVがあった可能性は否定できないが、逃げるより先に居住国の警察などに相談すべきだろう。また、連れ去りの理由として、DVや虐待が不正に利用されるケースがないとも言い切れない。

フランスなどでは原則として共同親権だが、裁判はケース・バイ・ケースで判断し、DVなどを理由に単独親権を決定することも珍しくない。

EUは国境を超えた事例だけでなく、EU市民に関わる日本国内で起きる連れ去りにも懸念を示す。日本で暮らす国際結婚の夫婦が破綻し、日本人の親が子供を連れ去ることも多いからだ。「妻と子供がどこに住んでいるか分からない、子供に会いたい」という外国人男性は多い。

日本人の夫が連れ去るケースもある。「日本では実子誘拐をした片親に実質的に監護権が与えられることを、自分が同じ立場に置かれるまで知らなかった」と、オーストラリア人の女性が言う。彼女は1年前から、2人の子供に会えずにいる。

共同親権についての共著がある東京都立大学の木村草太教授によると、「日本には戸籍の附票制度があり、親権者であれば子供の居住地を追跡できるので通常、『子供がどこにいるのか分からない』事態は生じない。あるとすればDV等による保護措置が出ている場合だけだ」

【関連記事】離婚後の共同親権は制度改定だけでは不十分
【関連記事】国際結婚のダークサイド 夫に親権を奪われそうになった日本人妻の告白

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中