最新記事

日本人が知らない ワクチン戦争

ワクチンはコロナ対策の「最終兵器」ではない──国立感染研・脇田所長に独占インタビュー

A VACCINE IS NOT THE ULTIMATE WEAPON

2020年10月22日(木)17時40分
広野真嗣(ノンフィクション作家)

ワクチン開発の先頭集団による臨床試験は最終段階に(米フロリダ州) EVA MARIE UZCATEGUI-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

<気になる有効性と安全性はどれくらい? ワクチンが開発されれば本当にひと安心? 日本のワクチン対策を率いる脇田隆字・国立感染症研究所所長が分かりやすく解説する。本誌「日本人が知らないワクチン戦争」特集より>

ワクチンは今後の新型コロナウイルス対策の決め手になるのか。厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会を率いる脇田隆字・国立感染症研究所所長にノンフィクション作家の広野真嗣が聞いた(取材は10月6日)。

◇ ◇ ◇

──米中欧ロといったワクチン開発の「先頭集団」から日本が出遅れた。

米国、欧州、日本はワクチンを承認する枠組みを共有している。このため欧米での開発が承認されれば、日本での臨床試験の一部を省略して承認が進む可能性がある。
20201027issue_cover200.jpg
今回の出遅れには反省もある。ただ現在では、遅れを取り戻そうと企業や研究者が通常とは異なる「ワープ・スピード」に近い速さで開発に取り組んでいる。遺伝子情報を用いた新しい方式を採用することで時間を縮めた海外勢に対し、日本でも新しいDNAワクチンを開発中だが、不活化や組み換えタンパクなど既に確立された着実な方式で進めている。

政府は2021年前半までに全国民に提供できる数量の確保を目指している。国産ワクチンも早ければ来年末には供給されることを期待している。さまざまなワクチンが選択肢として用意され、接種すべき人が受け入れやすくなることが重要だ。

──一度ワクチンを接種した人はその後も免疫が維持されるのか。

接種した人の抗体を時間を追って観察しないと分からない。ただ、ブラジルなどでは回復後に再び感染し重症化した症例が複数報告されている。

こうしたことから、感染によって得られた免疫は長続きせず、抗体反応も3カ月程度で下がるとみられている。ワクチンに誘導された抗体でも同様に長続きしない可能性がある、と予測している。

──何度も予防接種が必要なのは、季節性インフルエンザと同じなのか。

似ているようで実は違う。季節性インフルエンザのウイルスは遺伝子が8本あり、うち1本がどんどん入れ替わることで、ジャンプするような変異が起きる。だから、これに対応するワクチンも株を変えて接種する必要がある。

これに対し、新型コロナは1本のRNA(リボ核酸)を持つウイルスで、その1本に配列された3万塩基のうちわずか1つが2週間に1度、ランダムに変異する程度だ。欧州で感染性を強めることになった「D614G」という顕著な変異でさえ、病原性や抗体反応が変わっておらず、ワクチン株を変える必要はないと現時点では考えている。

──ワクチンは重症化予防のみで感染予防効果はないとの指摘もある。

感染予防効果があると、臨床試験で検証できれば理想的だ。しかし検証の面からすると、ワクチンを投与された群と偽薬を投与された群で万単位の人数を比べるには、発症者や重症者はカウントできる一方、無症状も含めた感染者を数えるのは難しい。なにしろ「発症しない人が多数いる」のがこの感染症の特徴だ。

免疫のメカニズムとしても、感染予防は簡単ではない。感染そのものを防ぐには、体に侵入する経路、鼻や喉の粘膜で分泌される免疫であるIgA抗体(粘膜免疫)の働きが期待される。これに対して通常、呼吸器ウイルス感染症で、注射のワクチン接種によって誘導されるのはIgG抗体(全身免疫)だ。これに、感染予防効果が十分にあると認められた例はこれまでにない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ワールド

ロシア経済、悲観シナリオでは失速・ルーブル急落も=

ビジネス

ボーイング、7四半期ぶり減収 737事故の影響重し

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中