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対談

【船橋洋一×國井修】日本のコロナ対策に足りない3つの要素

2021年1月7日(木)17時40分
澤田知洋(本誌編集部)

國井修グローバルファンド戦略投資効果局長(左)と船橋洋一アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長(右)

<船橋洋一氏(元朝日新聞主筆)と、ジュネーブで活躍する感染症対策の第一人者・國井修氏が日本の新型コロナ対策について対談。見えてきたのは、日本の3つの弱点と感染症対策を阻む根深い体質だった>

※前後編の対談記事の前編です。後編はこちら、【緊急事態宣言】コロナ対策を拒む日本人の「正解主義」という病

北半球への冬の到来とともに新型コロナウイルスの感染が世界で再拡大している。そんななか、コロナ対策に一石を投じているのが日本のシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(API)が2020年10月にまとめた『新型コロナ対策民間臨時調査会 調査・検証報告書』だ。同報告書は安倍晋三前首相をはじめ当事者への聞き取りなどを通じて日本のコロナ対策を検証し、種々の課題を指摘。デジタル化の推進や危機時に専門家を迅速に登用する「予備役」制度、経済活動の制限のための罰則と補償措置を伴う法整備など対策の必要性を訴えた。

報告書を叩き台に、API理事長の船橋洋一氏と、國井修氏(「グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕」戦略投資効果局長)が、日本の危機管理の問題点や今後採るべき方策についてオンラインで語り合った。(収録は2020年12月1日、構成は本誌編集部・澤田知洋)。

◇ ◇ ◇


<國井>まずは報告書の概要をお願いします。

<船橋>報告書は2020年5月の緊急事態宣言解除後、冬になるともう一度感染の波が来るのでは、という危機感から第1波の取り組みで良かった点やいまいちだった点を聞いて検証し、提言を出そうと作った。

基本的に南アフリカのアパルトヘイト下での抑圧を明らかにした「真実和解委員会」に近い取り組み方だと思う。真実を語ってもらわないと提言ができないので、刑事や民事責任の追求という話ではなく、完全オフレコで構わないので本当のことを言ってください、と政府や行政の方々に話を聞いた。

去年の10月8日に政府に提出し、菅義偉首相からは提言にある「サージキャパシティ」(危機時の人員など対応能力増強)は検討するという言葉をもらった。別の提言である新型コロナ対策の特別措置法に罰則と補償の規定を導入することについても、人権やプライバシーとの兼ね合いもあるが、検討するということだ。

足りないものは10年前に分かっていた

<國井>欧米ではシンクタンクの政策提言が盛んだが、日本では極めて少ない。今回の報告書で船橋さんがベスト3だと思う調査結果・提言を挙げて欲しい。

<船橋>1つ目は「備え」。これが全てと言っていいぐらい。備えには危機が起こる前に資材・人員・組織をどうやって作っておくかの「プリペアドネス」、起こった後にどう対応するかの「リスポンス」、起こさないように予防する 「プリベンション」がある。

今回日本が一番残念だったのがプリペアドネスのところ。全国の保健所がいざというときに対応できる能力や、感染症のデータを誰もがタイムリーに使える統合的システム、疫学的知見と病院との協力が足りなかった。また科学的知見の政策への活用や、政治家と科学者の役割分担などの備えや訓練も不足していた。

<國井>私の経験も交えつつ船橋さんの発見を深掘りしてコメントしていきたい。プリペアドネスについては、報告書にもあるように政府が2010年に新型インフルエンザへの対応を総括した感染症対策の方針がすでにあった。それなのにそれが十分に生かされず「備え」が不足していたと指摘されている。

危機管理の国際標準では、最悪の事態、「ワーストケース・シナリオ」をまず想定する。そして災害は毎回違った形で起こるので、シミュレーションしつつ大小の危機も乗り越えてこのシナリオを進化させ続ける。つまり完璧な戦略とプリペアドネスはないが、最悪の事態を避けつつ、危機発生時にはそれを緩和し、対応できるものにどう近づけるかが重要だ。さらに、戦略は成功の10%であって、残りの90%はオペレーション(運用)に懸かっている。だからこそ平時からのカネ・モノ・ヒト・データの備え、運用のシミュレーションと訓練が必要になる。

だが日本では保健所も国立感染症研究所も人材と予算が減らされ、国内の感染症対策関連物資の備蓄も十分でなかった。感染症の追跡情報も都道府県レベルから中央に迅速に報告されなかった。地方に疫学分析ができる人材も少ない。一方で欧米では地方自治体レベルにデータ管理ができる人材を配置して、情報を中央に送っている。これは早急に改善しなければならない。

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