最新記事

AUKUS

イギリスがAUKUS結成を画策した理由──激変するインド太平洋情勢

2021年10月8日(金)15時50分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、大阪大学大学院招聘教授)

最大の難関は米国の協力が得られるかどうかだった。米国にこの提案を伝えると、米国は国務省、国防総省、エネルギー省がそれぞれ検討しなくてはならず、時間がかかった。

なにしろ、米国にとって原潜の技術は最高機密である。過去にそれを提供した国は英国以外にはない。それを初めて他の同盟国に提供するというのだから、簡単に結論が出せるわけがない。米国政府内では激しい議論が行われたに違いない。

英国が米国からの答えを得るのに数週間が経過した。英国政府の高官は「20パーセントの確率で失敗すると思った」と当時を回顧している。

そして、ついに米国はバイデン大統領の支持もあって、ゴーサインを返してきた。

ジョンソン首相は初めの段階から、オーストラリアに対する原潜の供与は新しい同盟の入口にすべきと考えていた。

同盟の活動は段階を追って行うべきであり、第1段階で原潜の供与を実施したら、第2段階では人工知能(AI)やサイバー、量子技術など安全保障に関する幅広い分野での軍事的、技術的協力をこの新しい同盟を通じて実施し、さらに第3段階では加盟国を地域の大国である日本やインド、フランスなど欧州の国にまで拡大し、インド太平洋を舞台にした新しい同盟に発展させて行きたいと考えた。

そして、英米豪の各首脳は今年6月、英国・コーンウィールで開催されたG7(主要7カ国首脳会議)の際、密かに話し合い、同盟の創設で合意した。

かくして、この新しい同盟は加盟国の頭文字を取ってAUKUS(オーカス)と名付けられ、9月15日に正式に創設が発表されたのである。

直面する課題

ようやく創設にこぎ着けたAUKUSだが、その前途にはかなり多くの問題を抱えている。まず、今後18カ月以内にオーストラリアへの原潜の供与の方法についてまとめなくてはならないが、それはそう簡単ではない。

すでに指摘したように、米英の原潜の技術はこれまで第三国に移転したことはなく、どのような技術をどの程度オーストラリアに提供し、潜水艦の建造にあたってはAUKUSの3カ国がどのように作業を分担するかも決めなくてはならない。

特に非核政策を維持するオーストラリアには原子力産業はなく、ウランの濃縮施設やリサイクル施設もない。核技術に精通した専門家も少ない。

そのため、原潜の供与にあたっては、動力源の原子炉については米国か英国で組み立て、核燃料を注入したあと封印してオーストラリアに提供し、オーストラリアはその原子炉を建造中の潜水艦に搭載するという手順をとらなくてはならないだろう。

このことは結局、米英がオーストラリアの潜水艦戦力の心臓部を将来にわたって管理することを意味し、永遠の同盟とさえ言われるアングロサクソンの国同士ならでは協力である。ただ、このような方法でどの程度の利益がオーストラリアや米国、英国の軍事産業に見込まれるのかは各国にとって重要な検討課題となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス

ワールド

米英外相、ハマスにガザ停戦案合意呼びかけ 「正しい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中