最新記事

北朝鮮

韓国は嫌だ、「日本に行きたかった...」 亡命失敗した北朝鮮エリートの残酷な運命...脱北者が韓国を避ける理由

2023年7月20日(木)17時24分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
北朝鮮と韓国の国旗

Aritra Deb/Shutterstock

<遭難事故を装って脱北を試みた「赤い貴族」たち。韓国に向かうことを彼らに思いとどまらせたショッキングなニュースがあった>

昨年4月、北朝鮮の秘密警察、咸鏡北道(ハムギョンブクト)保衛局所属の外貨稼ぎ副業船(漁船)が、6人の船員を乗せて出港したが、エンジントラブルを起こし、「沈没寸前だ」という遭難信号を送り消息を立つという事故が起きた。

■【動画】韓国の当局者が、抵抗する脱北者を無理やり引きずって板門店で北朝鮮に強制送還したショッキングな場面

昨年4月25日の朝鮮人民革命軍創建90周年を前に、咸鏡北道保衛局が幹部の家族に特別配給を行うために出漁を命じたが、整備もされていない老朽化した船で出港させたことが事故の原因と見られていた。それから1年以上経ち、6人が生きていたことが判明した。しかし、実際は死んだも同然と言っても過言ではないだろう。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

船が遭難したのは昨年4月20日の明け方のこと。それから数日後、日本領海に近い公海上で、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の海軍の警備艇が船を発見し、6人が乗っているのを確認して彼らを保護した。

発見当初は、意図的に日本に向かっていたのか、海流に流されたためかわからなかったが、漁場ではない場所での発見だったため、脱北を疑われ、結局6人の身柄は管轄の咸鏡北道保衛局にも報告されないまま、平壌の国家保衛省に移された。

6人は、江原道(カンウォンド)保衛局の勾留場で勾留された状態で、1年にわたって予審(起訴前の証拠固めの取り調べ)を受けた。

当初は6人の供述が噛み合わなかったが、最終的には次のような供述を引き出したという。

「当初は南朝鮮(韓国)に行こうとしたが、南朝鮮は脱北した人を板門店から送り返し、闇に消えてしまうという話を聞いて、日本に向かおうとしたが、船が故障して漂流した」

韓国の文在寅前政権は2019年11月、亡命を求めた北朝鮮の漁船員2人を強制送還した。同じ船の乗組員16人を殺害した疑いを持たれたことが理由だ。そして昨年7月、韓国メディアは非常にショッキングな写真を公開した。板門店で抵抗する2人を無理やり引きずって北朝鮮に強制送還した場面のものだ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩"残酷ショー"の衝撃場面

このニュースが6人を日本に向かわせた

2人は50日間に及ぶ拷問の後、処刑されたとも言われている。

これが北朝鮮にも伝わり、6人を日本に向かわせたのだった。遭難事故を装うなど一連の計画を練った中心人物も明らかになったが、情報筋はそれが誰かには触れていない。

なお、予審は通常数カ月で終了するが、異例の1年という長期に渡ったのは、逮捕された6人のバックグラウンドが関係している。

1人は労力英雄(勤め先で目覚ましい成果を上げた人)の子孫、1人は戦争老兵(朝鮮戦争参戦者)の子孫。彼らは北朝鮮の身分制度において最上位に位置し、様々な優遇を受けることから「赤い貴族」とも呼ばれている。

(参考記事:【徹底解説】北朝鮮の身分制度「出身成分」「社会成分」「階層」

また、ほかの2人は元在日朝鮮人の4世であった。彼らの中には、非常に裕福な暮らしをしている者もいる。そんな彼らが脱北したとなれば大事件となり、体制を揺るがしかねない。そのため、国としてはこの事案を重大なものとして扱い、時間をかけて取り調べを行った。

そして、国の批准が下され、即時に管理所(政治犯収容所)へと送られた。彼らはもはや、生きて出てくることはないだろう。文在寅政権が、脱北者を強制送還させず、韓国で受け入れた上で、犯した罪の償いをさせる方法を取っていれば、6人の運命は変わっていたかもしれない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg


【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中