コラム

イラン核合意を巡る米欧交渉と国務省のジレンマ

2018年02月26日(月)16時15分

しかし、問題はイランがこれを「核合意の不履行」と捉えるかどうかである。核合意には新たな制裁を追加しないという条項があり、これまでアメリカが漸進的にミサイル開発関係者や企業を制裁リストに追加してきた時は、その制裁の強化の度合いが軽微であったこともあり、これを核合意の不履行として捉えることは控えてきた。また、イランは繰り返しミサイル開発と核合意は別の問題であり、核合意にはコミットするが、それ以外の問題は何も合意していないとして、「核合意の修正」という形でミサイル問題に制裁を加えることをすれば、それは新たな制裁を加えないという核合意を履行していないことだと認識している

新たに安保理決議なり、米欧中露による新規制裁が科されることになれば、核合意の不履行として訴え、それに反発して核開発を再開する可能性は少なからずある。そうなれば核合意に基づく、イランの封じ込めは破綻し、中東における秩序が一層不安定になる恐れもある。そうした状態は欧州各国も中露も望むものではない。

二次制裁の恐怖

また、欧州各国にとって、イランのミサイル開発に対する新規制裁に「二次制裁」の要素が入るかどうかが決定的に重要な問題になる。二次制裁とは、アメリカの独自制裁がイランと取引する第三国の企業や個人に適用されることである。核合意以前のイラン制裁でもっとも効果を発揮したのは、イランとの金融取引を進めた欧州や日本の銀行に対しても制裁を科し、アメリカの市場から追放されるか(国際業務を行う金融機関にとってアメリカ市場は死活的に重要)、多額の課徴金を払うかという選択を迫るものであった。

下の表は、イラン関連で二次制裁が発動されたケースの一覧だが、これを見ても、企業にとってイランとの取引が相当にリスクのある事業となり、イランとの取引を手控えるしか選択肢はなくなるような状況となる。

suzuki0226a.jpg

イランを含む制裁規定違反で課徴金を課せられた非米国金融機関
(出典:OFAC資料を基に筆者作成)

もし仮にアメリカが求める新たなミサイル制裁にこうした二次制裁の要素が入ってくるようであれば、欧州各国も全く同意できないであろう。

しかし、トランプ大統領が主張する核合意の見直しは、究極的にはイランを追い詰めることを目的とし、イランの中東地域において影響力を減損させることを目指していると思われる。それは親イスラエルの立場を鮮明に出すトランプ政権として、イスラエルの脅威となっているイランを封じ込めることを意味するからである。故に、トランプ大統領が求めているイラン核合意の見直しには二次制裁の要素が含まれ、イランを経済的に窮乏させ、核合意と同様の合意をミサイル開発においても結ぶということが視野に入っているものと思われる。

そうであるとすると、欧州各国も全く核合意の見直しを進め、ミサイル制裁を新たに科すということには同意しないだろう。その結果、国務省はさらに深いジレンマと絶望感に陥ることとなり、トランプ政権の外交政策が今まで以上に機能しなくなる恐れもあると考えられる。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、16-17日に訪中 習主席との関係

ビジネス

インフレ低下の確信「以前ほど強くない」、金利維持を

ワールド

EXCLUSIVE-米台の海軍、4月に非公表で合同

ビジネス

米4月PPI、前月比0.5%上昇と予想以上に加速 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story