コラム

日本のマスコミはなぜ「推定無罪」の原則を守らないのか?

2020年11月12日(木)11時00分
西村カリン(ジャーナリスト)

日本だけにリークがあるわけではないが、マスコミがリークをどう利用するかは重要だ Takashi Aoyama/GETTY IMAGES

<警察の立場をそのまま報道し、逮捕時の写真を掲載するのは大きな問題>

20年前から日本に住んでいる私だが、マスコミによる報道で、いまだに慣れないものがある。誰かが逮捕されたとき、逮捕時の映像が放送されたり、写真が掲載されたりすることだ。

フランス人からすると違和感がある。特に最近ショックを受けたのは7月に起きた事件だ。当時、新聞などにはこう書かれた。「生後3カ月ぐらいの女児を自宅マンションに約16時間置き去りにしたとして、警視庁は24日、保護責任者遺棄の疑いで東京都台東区、職業不詳の母親(30)を逮捕した。女児は搬送先の病院で死亡が確認された」。女性が逮捕されたときの写真も掲載され、結果的に「犯罪者だ」と報じるのと同じだった。

これは推定無罪の原則を全く守らない報道の仕方だと思う。警察は有罪であるかもしれないと考えて逮捕するが、マスコミが警察の立場をそのまま報道し、逮捕時の写真を掲載するのは大きな問題ではないか。逮捕の場面を撮影するのは、マスコミが誰かから事前に情報をもらったということ。情報というよりリークと言っていいと思う。もちろん警察からのリークだ。

日本だけにリークがあるわけではないが、その内容と、マスコミがリークをどう利用するかは重要なポイントだ。

フランスでは本人の同意がない限り禁止

日本では前述のような写真が堂々と何度も掲載される。動画もそうだ。逮捕された人は無理やり自分の顔を隠すために帽子をかぶったり、頭を下げたりするが、それでいいのか。裁判で有罪となるか無罪となるか分からないうちに、手錠を掛けられた写真や映像を公表するのは、例えばフランスでは本人の同意がない限り禁止されている。推定無罪の原則に違反し、人間の尊厳への攻撃となるからで、報道の自由に関する法律で定められた重要なルールだ。

だからフランスでは逮捕場面の撮影を望むマスコミは少ない。撮影しても掲載できないからだ。ただしそうした写真が全く出ないかといえば、そうでもない。少ないけれど時々、ルール違反は起こる。最近、政治家のスキャンダルに関わった人が逮捕されたときに、カメラマンが撮った写真が雑誌に掲載されたという理由で警察が捜査の対象となった。逮捕の予定についての情報を事前にリークした警察官も逮捕されてしまった。

マスコミに推定無罪の原則が守られていない状況では、どんな問題が生じるのか。まず、マスコミが誰かを犯罪者として紹介したら、裁判で無罪となっても疑いが残ってしまう。インターネットで公開された写真も完全には削除できない。裁判官と裁判員の判断もマスコミの影響を受けないとは言い切れない。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通

ワールド

バイデン大統領、マイクロンへの補助金発表へ 最大6

ワールド

米国務長官、上海市トップと会談 「公平な競争の場を

ビジネス

英バークレイズ、第1四半期は12%減益 トレーディ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story