コラム

八ヶ岳山麓、諸星大二郎『暗黒神話』の地で縄文と諏訪信仰に触れる

2020年02月26日(水)15時00分

◆諸星大二郎『暗黒神話』と尖石遺跡

7R403753.jpg

大規模な縄文集落があった尖石遺跡

漫画家・諸星大二郎の代表作『暗黒神話』をご存知だろうか。神話やSF好きの漫画ファンにカルト的な人気を誇る縄文ファンタジーの傑作である。ヤマトタケルの生まれ変わりである少年の旅を通じ、神話時代と縄文文化の謎を紐解きながら、日本人のルーツと哲学を探求する物語である。

その主人公の旅の起点となるのが、尖石遺跡とその一角にある茅野市尖石縄文考古館である。諏訪地域で出土した縄文遺物を展示する考古館では、『暗黒神話』のキーワードの一つになっている縄文人が神聖視していた蛇をかたどった取手のある『蛇体把手付土器』や、教科書などでおなじみの女性型の土偶『縄文のビーナス』と『仮面の女神』が展示されている。考古館の周囲には大規模な縄文集落跡が広がり、公園になっているが、その一角にある『尖石』は、当時の人々の自然信仰を象徴する宗教遺物である。

ただし、今に伝わる尖石の姿は、一見「巨石」とは言い難い。しかし、諸星大二郎は、この地を訪れたことが、『暗黒神話』執筆の原動力になったと語っている。<巨石というから、石舞台のようなものを期待していたのだが、行ってみると1メートル四方ほどの小さな石が、柵に囲まれてちょこんと地面から出ていたので、すいぶんがっかりした記憶がある。しかし、『地中に埋まっている部分の大きさは不明』と傍らの説明文にあったので、勝手にこの足元には何十メートルもの巨石が埋まっているものと想像することにした。その想像が後に蛇体把手付土器と結びついて、(中略)最終的に『暗黒神話』という作品になったのだった。>(諸星大二郎「尖石の思い出」・太陽の地図帖 諸星大二郎 『暗黒神話』と古代史の旅 より)

RX601171.jpg

茅野市尖石考古館に展示されている蛇体把手付土器の一つ

RX601200.jpg

「縄文のビーナス」(左)と「仮面の女神」

7R403760.jpg

縄文時代から信仰されていた「尖石」

◆霊山・蓼科山を見ながら自宅へ

7R403397.jpg

霊山にふさわしい蓼科山の姿

北八ヶ岳の蓼科山は、八ヶ岳のライバルであった富士山のようなきれいな円錐形の山である。八ヶ岳の峰々の連なりの北端に位置し、尖石遺跡から自宅のある白樺湖・車山方面に向かうにつれ、その姿が近づいてくる。

『暗黒神話』には、蓼科山の人穴(洞窟)に、諏訪大社が祀る「タケミナカタの神」が封印されているというエピソードがある。諏訪の龍蛇信仰と結びついた「甲賀三郎伝説」と関連付けられて語られているが、物語では、蛇体把手付土器から連想される八ヶ岳の縄文文化と諏訪信仰が、ここで見事にリンクする。霊山にふさわしい蓼科山の神秘的な山容は、そうしたファンタジックな連想を「さもありなん」と思わせるのに十分である。

尖石の原っぱから現代の集落がある谷底に一旦下り、前方に霧ヶ峰高原・車山を見ながら国道を白樺湖方面に上がっていくと、我が家がある別荘地である。今回はこれまでで最長距離の長丁場となったが、ふだん車で甲州街道をひた走って5、6時間かけて東京から帰ってくる道を「歩いてきたのだ」と思うと感慨もひとしおである。

我が家がある別荘地の敷地に入ると、愛犬が迎えにきていた。これ以上にほっとする光景はない。ちなみに、移住者ばかりのこの別荘地内にも、御柱が立つ諏訪神社(山ノ神)がある。そこで、これまでの旅の報告とこの先の後半の安全を祈願。ここまで、合計297.5kmを16回に分けて歩いてきた。次回は、僕自身の移住生活を少しおさらいしながら、別荘地の上の霧ヶ峰高原を経て、諏訪大社を目指して山を下りる。

7R403960.jpg

自宅がある別荘地に着くと、愛犬が迎えに来ていた

7R403964.jpg

別荘地内の「山ノ神」。ここにも御柱が立つ

map3.jpg

今回歩いたコース:YAMAP活動日記

今回の行程:富士見高原スキー場→白樺高原(https://yamap.com/activities/5297353)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=28km
・歩行時間=10時間9分
・上り/下り=659m/599m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ中、ガス輸送管「シベリアの力2」で近い将来に契約

ビジネス

米テスラ、自動運転システム開発で中国データの活用計

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ワールド

ウクライナがクリミア基地攻撃、ロ戦闘機3機を破壊=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story