コラム

輝く日本海に新時代の幕開けを予感して

2021年10月04日(月)15時00分

◆日本の「地質」「神話」「自然現象」「現代文化」が一本の線でつながった

A1_05302.jpg

見えてきた糸魚川の中心市街地

フォッサマグナミュージアムがある山を下れば、糸魚川の中心市街地である。駅の手前、市役所の隣に立派な神社があった。天津神社・奴奈川神社という二つの本殿を持つ奴奈川姫ゆかりの神社だ。日曜日とあって、出産を控えたカップル、受験の祈願に来た親子らが次々と参拝に訪れていた。奴奈川姫の伝説が今も市民の生活に根付いていることが伺える。

この「日本横断徒歩の旅」では、縄文文化が息づく"原日本"の中心、諏訪も通過した。そして、糸魚川に着いて奴奈川姫のことを調べてから初めて、諏訪と糸魚川をつなぐ伝承を知った。既に書いた通り、奴奈川姫は出雲の大国主命と結婚したわけだが、その間に生まれた子が、建御名方神(タケミナカタ)である。タケミナカタ、聞いた名前だなあと思ったら、諏訪大社の祭神である。糸魚川の伝説では、タケミナカタは僕が歩いてきたルートの逆をたどって諏訪に入り、諏訪大社の神になったという。つまり、諏訪の神様も構造線に沿って「日本の真ん中」を歩いたというわけだ。

太平洋から諏訪を通過して糸魚川に至る静岡―糸魚川構造線は、現代の東日本と西日本の文化的境界にもなっているが、そのルーツは「神様が歩いた道」でもあったわけだ。構造線が通る諏訪湖には、厳冬期に氷がぶつかり合ってできる神様の道、「御神渡(おみわたり)」ができる。これも言われてみれば、なんだかフォッサマグナの成り立ちにも重なる。今、僕の中では、日本列島の地質的な成り立ちと神話、自然現象と現代文化が、2年半かけて歩いてきた「日本の真ん中」のルート上で、スッと一本の線でつながったような気がしている。

A1_05401.jpg

天津神社・奴奈川神社のおみくじ掛け。現代の糸魚川の人々の願いが結ばれていた

A1_05699.jpg

糸魚川市街にある奴奈川姫とその子、タケミナカタの像。タケミナカタは諏訪大社の神となった

◆雁木造りと火事の街

A1_05488.jpg

糸魚川駅前

A1_05511.jpg

駅前通りのシャッター街

現在の糸魚川は、この旅でも通った千国街道(塩の道)と北国街道の交点にある宿場町から発展した。令和の今はご多分にもれず衰退期にあり、駅前商店街はなかなかのシャッター街であった。食事をしようと駅の観光案内所でもらったパンフレットを便りにさまよったが、コロナ禍とはいえ、昼時にも関わらず開いている店はごくわずか。やっとの思いで昼定食も出す居酒屋を見つけたが、新幹線停車駅としてはいささか寂しい状況だ。

駅から真っ直ぐ10分も歩けば日本海とぶつかる。そこから海岸沿いに北東に進めば目指すヒスイ海岸である。ちなみに、反対方向に進むと景勝地の親不知(おやしらず)がある。念願の日本海に出る前に、ぐるりと旧市街を散策。冬に消雪パイプから出る水に混じった錆が、道路を赤く染めていた。これもまた、雪国特有のリアルな光景だ。千国街道の起点は地酒『謙信』の酒蔵がある古い町並みにあった。山梨県を歩いていた時は信玄ゆかりの地や伝承のオンパレードだったことを思い出す。歩いたからこそ、戦国時代のライバル同士の「距離感」も実感できる。

錆色の道と共に北陸の風情を感じるのが、雁木造(がんぎづくり)の家並みだ。沿道の家々の軒が伸びて歩道を覆っている雪よけで、木造の純和風アーケードといった趣きだ。そんな雁木造りの裏路地に居合わせた老人に「風情のある路地ですね」と話しかけると、「糸魚川は火事の多い所でな」とポツリ。確かに、糸魚川の歴史を紐解くと、江戸時代から繰り返し大火が起きている。記憶に新しいところでは、2016年にちょうどこのあたり一帯を焼いた大規模火災があった。伝統的な雁木造りの古い家並みも、大火のたびに消えては再建されているのだろう。この火事の多さもまた、フォッサマグナに関係していて、構造線に沿った谷筋を乾燥した風が吹き下ろす「フェーン現象」が要因となっている。

A1_05599.jpg

北陸を象徴する雁木造りの家並みと"錆色の道"。糸魚川は火事が多い土地でもある

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

将来の利下げ回数、賃金など次第 FRBに左右されず

ビジネス

米新規失業保険申請23.1万件、予想以上に増加 約

ワールド

イスラエル、戦争の目的達成に必要なことは何でも実施

ワールド

フーシ派指導者、イスラエル物資輸送に関わる全船舶を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 3

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 4

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 5

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「高齢者は粗食にしたほうがよい」は大間違い、肉を…

  • 10

    総選挙大勝、それでも韓国進歩派に走る深い断層線

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story