コラム

大統領選は不正選挙と主張──第二・第三のシドニー・パウエルが民主主義を滅ぼす

2021年04月01日(木)16時30分
シドニー・パウエル弁護士とルドルフ・ジュリアーニ元NY市長

トランプ陣営だったシドニー・パウエル弁護士とルドルフ・ジュリアーニ元NY市長 REUTERS/Jonathan Ernst

<米大統領選で使われた投票集計機メーカーのドミニオンが、大統領選に不正があったと主張するシドニー・パウエル弁護士を名誉毀損で訴えていた。そこから見えるものとは...... >

米国ではシドニー・パウエル弁護士が選挙システム会社であるドミニオン社から約1300億円の名誉棄損訴訟を起こされている。それに対して彼女の弁護団が「(彼女の発言は)政治的方便なのだから一般的な人は信じるわけがない」という主張を法廷文書で展開し、米国のメディアが大きく取り上げる事件があった。

敗北した陣営が不正選挙を主張するのは風物詩だが......

米国大統領選挙では敗北した陣営が不正選挙の存在を主張することは風物詩であり、それ自体は何ら珍しいことでもない。実際、米国の選挙管理は日本とは違って極めて杜撰であり、各州の選挙運営ルール自体が党派的な側面も強く、民主党・共和党の両陣営がともに相手陣営にイチャモンをつけるために常に目を光らせている。そのため、大統領選挙のような派手な催しになると日常的な相互不信に根差した軋轢が一気に激化するのは毎度のことだ。

しかし、今回の大統領選挙においては、1月6日に起きた連邦議会襲撃事件のように看過できない事態が発生したことも事実だ。つまり、荒唐無稽な主張(政治的方便だったとしても)を繰り返す悪質なデマゴーグの影響がかつてないほどに強まり、あまりに多くのフェイクニュースがSNS上で氾濫したせいでファクトチェックが追い付かない事態が引き起こされてしまった。

プラットフォームを免責した米国通信品位法230条が原因

なぜ米国大統領選挙では、フェイクニュースが人々の手に容易に届けられるようになってしまったのか。フェイクニュースを垂れ流す人々の倫理観が急速に劣化したという仮説は間違いだろう。そして、問題の原因を、個人の資質ではなく、その仕組みの誤りに求めることは往々にして正しい解を得る方法である。

SNS上のフェイクニュースの氾濫は、SNSプラットフォーム事業に対する1つの法的な免責事項によって引き起こされている。それは1996年に制定された米国通信品位法第230条である。

米国通信品位法230条には「SNSプラットフォーム事業者は第三者によって行われた書き込みに対して法的責任を問われないこと」が規定されている。これは当時の連邦議会で黎明期であったインターネットビジネスを振興し、なおかつ言論の自由を同時に守るために取られた苦肉の措置であった。

通常の場合、メディアはその掲載内容に対して編集権限を持つため、当該内容について掲載責任を負うことにもなる。したがって、記事を執筆した人間だけでなく、メディア媒体の運営者も名誉棄損訴訟の対象になる。このような権限と責任の健全な関係性を免責することが米国通信品位法の第230条の本質であった。

法律によって特別な免責を受けたSNSプラットフォーム事業者は、その無責任な運営状況を限界まで拡大しつつ、世界中の個人情報を一手に握るビックデータ企業として大きく成長した。それらの企業は米国を支える経済基盤となり、米中間の戦略的競争を勝ち抜くための安全保障面からも重視される存在にもなっている。そして、多くの人々がSNSの利便性を感じ、情報を発信・収集することが常態化していることも事実だ。

「言論に対する責任」を根底から破壊する

今更、フェイクニュースの氾濫を防止するために米国通信品位法230条を改正し、本来SNSプラットフォーム事業者にメディア媒体の提供者としてあるべき権限と責任の関係を取り戻させることは極めて困難な状況にあると言えるだろう。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story