人間の指先の汚れとデバイスの冷たさと──対極性で描く写真アート
Out of Touch
展覧会のテーマは「接触」
人間臭さとテクノロジーの衝突に目を付けたのは、ソーレンが初めてではない。『眺めのいい部屋』などで知られるイギリスの小説家E・M・フォースターは、100年以上前にSF短編集『ザ・マシン・ストップス(機械は止まる)』で、万能マシンに依存する人間を描いた。
だがソーレンは、1つの問いを2通りの方法で問い掛けている。「マシンがなかったら私たちはどうやって生きていくのか」と「私たちはどうやってマシンと共存していくのか」だ。
昨年の世論調査で、起きている間オフラインになることがほとんどないと答えたアメリカ人が4分の1近くいたと、ソーレンは話す。「テクノロジーは、私たちが気付いている以上に人間に大きな影響を与えるようになると本気で思う」
デービス美術館の展覧会に選ばれた作品20点には、共通のテーマがある。それは「接触」だ。
なかでも印象的なのは、映画プロデューサーのハービー・ワ インスティーンが、女優のケイ ト・ベッキンセールのほうに身を乗り出している画像を使った作品だろう。ワインスティーンは長年、映画界における絶大な影響力を利用して多くの女優を食い物にしてきた。それが明らかになったことが、「#MeT oo運動」に火を付けた。
映画界の大物ワインスティーンから体を引き離そうとする女優ベッキンセールの写真を使ったパワフルな作品 ARTWORK BY TABITHA SOREN
画像からは、ベッキンセールが「(ワインスティーンから)できるだけ体を離そうとしていることがよく分かる」と、ソーレンは語る。「彼の『接触』は悪質なものだ」。ソーレンはこの作品に赤いフィルターをかけることにした。「赤は怒りと危険を連想させる色だから」
友人が休暇先から送ってくれた、氷河が解けている写真を使った作品もある。「人間は美しい自然を求めるのに、その自然を壊している。作品では、それを表現したかった」と、ソーレンは語る。「この作品には、ほかにも困惑する要素がある。人間は目の前にあるものの美しさには気が付かないが、それが写真に撮影されると反応することがある。私たちは自分の経験を誰かに提供されることや、メディアを介在させることに慣れてしまったのではないかと思う」
スクリーンに映る自画像
バスケットボール選手のケビン・デュラントとレブロン・ジ ェームズの写真を使った作品も、「接触」がテーマだ。カリフォルニア大学バークレー校グレーターグッド研究所のダッカー・ケルトナー所長(心理学)のグループは、バスケットボール選手同士の接触とチームの成績を調べて、選手同士が互いを励ますタッチをするチームほど、成績がいいことを発見した。
ポジティブな接触は人間にとってプラスとなり、そうした接触がないことはダメージになることを示していると、ソーレンは語る。「科学的な研究が最も遅れている領域だが、人間同士のポジティブな接触がストレスを低下させ、共感を生み出すことは証明されている」
さらにソーレンは、インターネットのブラウザに表示される情報が自分の閲覧履歴を反映していることに触れて、「私たちは自分のアイデンティティーを確認している」と語る。「このシリーズも最終的には、一種の自画像になっていくだろう」
ソーレンが今、特に気に掛けているのは環境と社会正義だ。氷河の作品が環境への懸念を表現しているとすれば、社会正義への懸念はカリーフ・ブラウダーが過ごした独房の写真を使った作品に表現されている。
ブラウダーは16歳のとき、ニューヨークでバックパックを盗んだ疑いで逮捕された。無実を主張したが受け入れられず、裁判を待つため拘置所で3年を過ごし、そのうち2年を独房で過ごした。結局、証拠不十分などを理由に釈放されたが、2年後に自ら命を絶った。
「とても不吉な感じがする」と、ソーレンは独房の写真について言う。「ブラウダーは長い間、人間の接触から切り離された。自殺したのは驚きではない」
デジタル写真は「被写体が (物理的に)その場にいないことを強調できる」と、ソーレン は言う。「病的状態や恐怖や不安をつくり出すことができるのは、写真の恐ろしい部分だと思う」。その意味でデジタル写真は「真に現代的な媒体だ」。
「現代的」という言葉の意味を さらに掘り下げるかのように、ソーレンは最後に語った。
「私の展覧会に来て、(ドナルド・)トランプのことを考える人はいないだろう。でも、勝手にルールをつくり、勝手に真実をつくり出せると思っている大統領が誕生したことと、ソーシャルメディアやデジタルカルチャーの世界ではウィルスのように拡散する情報が真実だと考えられていることの間には、ちゃんとつながりがある」
※6月11日号(6月4日発売)は「天安門事件30年:変わる中国、消せない記憶」特集。人民解放軍が人民を虐殺した悪夢から30年。アメリカに迫る大国となった中国は、これからどこへ向かうのか。独裁中国を待つ「落とし穴」をレポートする。
[2019年2月26日号掲載]