World Voice

ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

世界一ラディカルな市長?アダ・クラウ(バルセロナ)

Ada Colaul l Bogotá 2016 l UCLG

2015年からこの人に注目し続けている。バルセロナ初の女性市長で、現在二期目をつとめる。たまたまであるが、1974年生まれで私と同年だ。個人的なつながりはないが、同じ時代に、共通の歴史を見てきた親近感がある。私もアダも、90年後半に高等教育を終え、気候変動や世界的なグローバルジャスティス運動の中で、活動しアクティビズムを育ててきたからだ。

2016年に英ガーディアン紙のコラムニストは「世界で一番ラディカルな市長か?」という長いコラムを書いている。現在に至るまで、アダは少なくとも世界で一番ラディカルな市長の一人であると、私は確信している。なぜか?彼女は、世の中で一番強力な力を持つものや難題と闘っている。既得権益、国家、EU、銀行、多国籍企業の支配、家父長制、そして気候変動。

ジャーナリストが「あなたは世界で一番ラディカルな(革新的な)市長と言われていますね。」と振った時、「それはどうでしょうか。人権を守り、民主主義を深化させることがどうしてラディカルなのですか?」と答えている。彼女の規範は市民的権利、社会的包摂と正義である。

2015年の地方選挙で市長になるまで、彼女は住宅ローンや家賃の支払いができなくなって住宅を追い出される人を救済、支援する活動家であった。2008年の世界金融危機は特に南ヨーロッパの国々や人々を破壊的に襲った。家族が住宅を追い出されることが日常化した。住宅を追い出されれば、家族は困窮か路上生活を余儀なくされる。こういった家族を救うためにバルセロナで立ち上がった市民運動(PAH)は、スペインの他の都市にも広がった。アダはその創設者のひとりだ。

選挙のわずか2年前、退去命令を受けた家族との交渉を拒否した銀行に、彼女自身が体を張って抗議した。警察に引きずられ排除されたアダの写真は、市長になってからも拡散し、彼女のひととなりを世界に伝えた。2014年、翌年の地方選挙を闘う、革新的な市民政党バルセロナ・コモンズが産まれ、アダがそのリーダーとなった。

バルセロナ・コモンズは住宅の権利、水の権利、エネルギーの地域主権を求める行動的な市民が作った政党だ。全く無名で組織票ゼロの草の根市民政党が、選挙で勝って第一党となったのは奇跡のようだった。バルセロナ・コモンズのリーダーとしてアダは市長となった。

バルセロナの大きな闘いの一つは過剰な観光である。1992年の華々しいバルセロナ・オリンピックの記憶があるだろうか。以来、バルセロナはチャーミングな歴史的街並みや文化で人々を魅了し、世界的観光都市になった。しかし比較的小さな都市で、商業文化が人の住みかとしての文化的な街を圧倒し、人が住むからこそ魅力的であった街の一部を破壊した。皮肉にもオリンピックの成功が街を過剰観光の犠牲者にしてしまった。

賃貸住宅から住人が追い出され、観光用の宿泊施設に取って変わっていく。賃貸価格が高騰する。ジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)がおきる。Airbnbなどの新興のプラットホームを駆使した、違法な宿泊施設が横行する。金融危機が起きる前からこのような土壌があり、金融危機で一気に顕在化した。そしてアダたちの住宅権利運動の勇敢な行動力が発揮された。

バルセロナ市政は世界的な「都市への権利運動(Right to the City)」も触発している。住民と労働者と環境をもまるために、巨大な力を有する国際資本、プラットフォームエコノミー、観光開発に規制をかけることができるのか。経済活動の規制をタブーとするイデオロギーを、バルセロナも私たちも40年以上信じ込まされている。アダはバルセロナ・コモンズの仲間と、このタブーに挑戦し続ける。

アダの市政が2019年の選挙で再任されたのは、有権者が市民目線のラディカルな政治の実績を感じとったからかもしれない。市は2018年にBarcelona Energia (BE)という非営利の電力供給会社を設立した。それまで市は電力大手Endesaから年間3400万ユーロ(約43億円)で電力を買っていた。Endesaとの契約を解消し、BEは再生可能エネルギーを市庁舎、図書館や市場などすべての市の建物、街灯、信号に充てる。昨年から一般2800世帯への電力供給も開始した。

アダに言わせると「寡占電力企業にさようなら。電力などの基本的なサービスは寡占企業の手に委ねてはダメ」となる。市自らも太陽光発電に着手、たった数年でBEを4700の供給ポイントを持つヨーロッパ最大の公営電力供給会社に成長させた。そしてEndesaに依存していた時に比べて、市は年間71万ユーロ(約9000万円)2018年から合計130万ユーロ(約1億6000万円)の節約に成功した。エネルギー地域主権の確実な一歩である。

バルセロナ市の包括的で具体的な「気候非常事態宣言」は、話題の書「人新世の『資本論』」の中で斎藤幸平さんが紹介している。BEは、既存の経済モデルに真向から挑戦するバルセロナ・コモンズの具体的な戦略の一つだ。今年も、アダのラディカルなリーダーシップに注目し続けたい。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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