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農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり

森田早紀|オランダ

オランダ、知らぬ間にガチョウ産業を興す

(筆者撮影 2020年4月 公園の芝生をせっせと食べていた)

日本の都会の道端にはカラス、公園にはハト、駅前にはムクドリがいるような感覚で、オランダのあらゆるところには雁(ガン - 家畜化されたものがガチョウ)がいる。

ちなみに「あらゆるところ」というのは、運河から公園、牧草地、空港まで本当にあらゆるところだ。常に雁の存在を感じられる。私がこちらに引っ越してきたときには遭遇頻度に驚いたが、もう慣れた。初夏にはひな鳥がよちよち歩いているのも、公園でピクニック中に雁の視線を感じるのも、日常の一部となった。

しかし彼ら雁が、農業分野の問題児となっているという。

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(筆者撮影 2020年5月 ひなが生まれる季節)

私がこの問題を知ったのは、つい最近のことだ。知り合いのグラフィックデザイナーの方が、「サキちゃんなら興味あるかな」と教えてくれた。彼女は、増える雁とその新たな対処法「nekbreker」の必要性について、一般人に分かりやすく伝えて理解を得るためのポスターコンテストに参加したらしい。この「nekbreker」については後述する。もしかしたら、英語と関連付けて意味を感じ取れた方もいるかもしれない...

※追加のリンクが組み込まれていない場合の出典はワーヘニンゲン大学のレポート

~オランダにいる雁の紹介~

実に多様な種類の水鳥がいるが、オランダで越冬する主な雁の種類は以下のとおりである:

英名 / 和名 / 学名

Greater white-fronted goose / マガン / Anser albifrons

Pink-footed goose / コザクラバシガン / Anser brachyrhynchus

Greylag goose / ハイイロガン / Anser anser

Brant goose / コクガン / Branta bernicla

Barnacle goose / カオジロガン / Branta leucopsis

一番数が多いのがマガン、約100万羽がオランダで冬を過ごすらしい。それも合わせた冬鳥の数は200万、夏も含めて一年中オランダで過ごす雁は約25万。この夏鳥の数は10年間で7倍ほどに膨れ上がったとか。

余談だが、この記事を書くにあたって初めて鴈・ガチョウ・アヒル・鴨の違いを知り、勉強になった。

~雁が増えた理由~

なぜここまで雁が増えたのか。いくつかの要因が、相乗効果を発揮した模様だ。

1.農業:今までは冬の間に休閑地としていた土地を、大麦栽培などに使う農家が増えたこと、単位面積当たりの肥料の使用量が増えて収量や収穫物の栄養価が増えたこと。つまり、雁の餌も増えたということだ。近年は肥料の過剰使用による環境への影響を考慮して、2000年代初めと比べてだいぶ肥料の使用量は減った。しかし土壌に残留している養分や品種改良があるため、雁たちに栄養たっぷりな食事をお腹いっぱい与えているのには変わりないだろう。

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(筆者撮影 2020年5月 オランダの公園の芝は、どこも綺麗に刈ってあるなと思っていたが、もしかしたら雁のお陰か)

2.自然保護:1970年代から野鳥を撃つことが規制され、2001年には越冬しているガン猟が禁止された。また、自然保護に対する意識が高まり、1992年にはヨーロッパ全域でNatura 2000という自然保護区も指定された。さらに言うと、後述するように、雁が自由に採餌できる区域も作られた。したがって、雁が安心して過ごせる、さらに夏の間にも滞在できる場所が増えたのだ。

~エンゲル係数に貢献する雁~

一番大きな被害が及んでいるのは農業分野だろう。食べるは食べる。青々とした麦の葉からブドウの実、さらに近年は新たな味を覚えたのか、トウモロコシや甜菜の残渣まで食べるようになったらしい。雁が作物を食べてしまうと収量が減るのはもちろん、放牧している家畜と競合もする。

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(筆者撮影 2020年10月 収穫・測定に行ったぶどう畑。収穫の1週間前に渡り鳥の被害を受けて、白いネットを張ったらしい)

食べるだけでなく、まだ小さな麦や野菜の芽の上をペタペタ歩き、ダメにしてしまう。歩いた土は沈み、雨の際に水が溜まって作物に被害を及ぼすこともある。オランダの野生鳥獣による農作物被害総額は、2013年には9600万ユーロ、うち23%が政府によって賠償されている。また、被害額の76%が雁によるものだという。

さらに、鳥として、鶏など家畜にも感染する病気を媒介する可能性がある。その他にも、糞による水質汚染や衛生問題、スキポール空港に雁が舞い込んで、飛行機の安全を侵すことがある。

~雁被害を食い止めるために~

初めは保護していた雁も、増えすぎた今や農家や政府の悩みの種となっている。ではオランダは、どのように対応しているのだろうか。

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(筆者撮影 2020年4月 公園の水辺を散歩。脚に巻いてあるタグは調査用)

まず、越冬している雁を狩ることを禁止した2001年、同時にFauna Fund(動物基金)が設置された。雁による農作物被害に対して補償金を得られるようになった。しかし、この金額が膨らんできたため、2年後に採餌区を導入。当初の8万ヘクタールのうち、6.5万ヘクタールは耕作地だった。

その区画に雁を集中させ、あとの場所からは追い払うことで、被害を特定の地域に抑え、被害額も管理下に置こうということだ。農家が補償金を得るためには、土地から雁を追い払う試みをしたということが条件となった。さらに、耕作地を採餌区に変換した農家は、十分な食料が雁に提供されているという条件で、単位面積当たりの補助金を得られる。

それでも雁の数は増え続け、動物基金の支出も膨らみ続けた。支出増加の原因は主に採餌区に対する補助金。採餌区の効果そのものにも疑問の声が上がっている。40%以上の雁は採餌区外で食べているらしいからだ。費用対効果が疑われているため、採餌区を止めて、以前の制度、つまり雁を自由に歩き回らせて、農作物被害そのものだけに対して賠償する制度に戻したらという人もいる。

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(筆者撮影 2020年10月 公園で散歩している最中に出会った)

雁の数自体を抑えるために、次のような取り組みも行われている。

卵を振ると、親鳥は卵が孵ると思って温め続けるが、結局は孵らない。成鳥を集め、ガス室に入れてCO2で窒息死させたり、「nekbreker」つまり「neck breaker」⇒首折り機を使って殺したりする。さらに、保護区域以外の場所から雁を追い払う場合には、選択的除去、つまり撃ち殺してもいいこととなっている。少なくとも年間10万羽が撃ち殺されているらしい。

許可される対策は、州によって異なる。また、沢山の対策があっても、それぞれ長所・短所があるし、批判する団体もいる。例えば雁を殺す際には、動物愛護団体が反対の声をあげる。ガス処理は第二次世界大戦の強制収容所を思い出させるため、市民の理解は得難い。(大量に)殺した雁をジビエとして活用しようとすると、「市場が供給過多になり、生活が成り立たなくなる」とこれを生業としている猟師たちが嘆く。

雁による被害は甚だしいが、根絶させる訳にはいかない。雁は生態系の一部、いなくなればバランスが崩れる。種の保存そのものも大切だ。ヨーロッパ諸国からも、オランダは渡り鳥の重要な越冬地として認識され、そのような場を提供することを期待されている。

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(筆者撮影 2019年5月 道路で日向ぼっこをしていた、少しだけ大人になったひな鳥。気を付けて!)

これからオランダはどのような道を選ぶのだろうか。

~終わりに:作用反作用の法則~

人間の行動が変わった。雁は自然とそれに反応した。それだけのこと。

日本の都会ではムクドリが問題となっている。昔は里山や森林で暮らしていたが、住宅開発と共に住みかがなくなり、代わりとなる安全な場を求めて都会にやってきた。比べてみると、雁とムクドリの大発生の原因は反対である。オランダの雁は人間が住みかを作り出したことで、日本のムクドリは人間が住みかを奪ったことで、今のようになった。

しかし、根本は同じ。人間の行動が変わった。自然は反応した。

それを単に撃ち殺したり追い払ったりするだけで解決できるというのは甘い考えだろう。環境が変わらなければ、残った個体が繁殖をしやすくなり、元の数に戻ってしまう。地球が人類を追い出す前に、考え直すことは沢山ある。共生とは何か、どこまで人類のニーズと欲を押し通していいのか、人類の立ち位置・役割は何か...無邪気に草を食べ続ける雁を見ながら、考えを巡らせる秋のひと時であった。

ーー

最後の最後に...「雁」がゲシュタルト崩壊した、これほどこの文字を目にしたのは初めてだ。そもそも「ガン」という言葉を使ったのは、小学校の国語で何度も音読をした「大造じいさんとガン」以来だろうか。

 

Profile

著者プロフィール
森田早紀

高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。

Instagram: seedsoilsoul
YouTube: seedsoilsoul

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