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シアトル発 マインドフルネス・ライフ

長野弘子|アメリカ

東京オリンピック開催への反応に見る、日米の国民性の違いとは?

(出典)Pixabay.com

 先日、アメリカ人の友人数人と話していた際に、東京オリンピック・パラリンピックの話題が出た。「日本では、国民の大多数が開催に反対しているみたいだけど、どう思う?」と聞いたら、ひとりが「選手がワクチン接種していればオッケーじゃない?」と言い、残りも「私もそう思う」と賛成したので、少し拍子抜けした気分だった。

 アメリカではすでに、新型コロナは収束しつつあるという感覚の人が多く、オリンピックに関しても少なくとも私の周囲では賛成派もしくは前向きな意見が多い。一方、日本人の友人に意見を聞いてみると、その大多数がオリンピック開催に反対もしくは否定的な意見が多かった。そのギャップが面白いと思い、なぜかを考えてみた。

新型コロナにおける日米データ比較

 まず、日本における新型コロナの感染状況を、アメリカと比較してみた。ロイター社の「COVID-19トラッカー」によると、日本の6月22日時点での感染者数は78万6,837人、死者数は1万4,474人であり、アメリカの同時点での感染者数は3370万6,715人、死者数は60万1,714人。百万人あたりに換算すると、日本の感染率は100万人中6231.6人、死亡率は100万人中114.6人、アメリカの感染率は同10万3000人、死亡率は同1833.1人である。

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(出典) ロイター社「COVID-19トラッカー」

 つまり、日本の新型コロナ感染率はアメリカの約17分の1であり、死亡率は約16分の1。現時点でも、人口10万人あたり7日間累計の新規感染者数はアメリカで24.1人日本では同8.05人と、いまだにアメリカの方が日本より3倍近くも多い。それなのに、新型コロナはすでに収束したといった雰囲気で、日常に戻っているのだ。

 「日本はPCR検査を受けた人が少なく、実際の新型コロナによる感染者数や死者数はもっと多いはずだ」という意見もある。しかし、日本の昨年の国内死亡数は11年ぶりに減少しており、約100万人近くもの超過死亡が生じた欧米と比較すると、新型コロナによる死者数はかなり低いと推測される。また、感染者数と死者数という2つの数字は正比例することから、感染者数の方も低水準と推測される。

 日本ではワクチン接種を受けた人はまだ少なく「ワクチン後進国」と言われているが、アメリカでも感染者や死者が日本のように極端に少なかったら、果たしてワクチン接種キャンペーンをここまで大々的に打ち出していたのだろうか。

 ほかにも東京オリンピック開催反対の理由は数多くあるだろうが、少なくともアメリカの基準で見れば、大規模イベントを開催してもまずは大丈夫という結論になる。ちなみに私の住む街でも、昨年は中止されていた7月4日の独立記念日の花火大会を今年は開催することになった。7日間累計の新規感染者数は、6月21日時点でアメリカ平均の24.1人の2.6倍である63人という高い数字にも関わらず、だ。パンデミック以降初めてのパブリックイベントということで、周囲でも喜びの声が上がっている。

 もちろん現時点での話なので、アメリカでも変異株などの蔓延で感染者が急増し、またロックダウンに戻る可能性もあるだろう。

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(出典) Pixabay.com

物事をよりネガティブに捉える脳の機能

 世の中には、物事をネガティブに捉える人もいれば、ポジティブに捉える人もいる。だが、人間はもともと物事をネガティブに捉えがちな脳を持っているそうだ。シカゴ大学のジョン・カシオポ教授の研究によると、ヒトの脳はポジティブなものより、ネガティブなものからの刺激により強い反応を示すという。その理由として、もともと厳しい自然環境で生き残るために、ヒトの脳は危険をすばやく察知して、それに対処するための働きが発達したものと考えられている。逆に考えると、そういったネガティブなものに強く反応する脳を持つ人間たちが、生き残ってきたのだとも言える。

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(出典) Pixabay.com

 しかし、現代人の大多数は、サバンナで生活していた大昔のような、生きるか死ぬかの厳しい生活を送る必要はない。大昔の人間には生き残るために不可欠だった、物事をネガティブに捉える「ネガティブ・フィルター」は、現代社会では行動を抑制し、成功をはばむ足枷となってしまう。

 たとえば、友人と会っていた時に、大半は楽しく話していたのに、気に触ることを一言言われただけでムカっとして次の日まで引きずってしまう。そして、楽しく過ごしていた時間をすっかり忘れて、言われた嫌な言葉だけを心の中で繰り返し、「もう会いたくない」と思ったりした経験はないだろうか。

 また、自分の叶えたい夢や目標に対して、「現実はそんなに甘くないよ」などの親や先生からのネガティブな忠告を受け入れて、挑戦することを諦めたことはないだろうか。一見実現するのが難しい夢でも、諦めなけければ叶う可能性はわずかでも存在するし、そこで培った経験が違う分野に活かせるかもしれないのに、行動を起こす前に「どうせ無理だ」と諦めてしまうのも「ネガティブ・フィルター」のなせる技だ。

 意識していないと「ネガティブ・フィルター」に丸め込まれて、大切な人間関係にも影響が出ることを、ワシントン大学の心理学の名誉教授であるジョン・ゴットマン博士も証明している。夫婦関係を長年研究してきたゴットマン博士によると、結婚生活を円満に続けていくためには、夫婦間でのポジティブなやりとりがネガティブなやりとりの5倍以上必要であるとのこと。つまり、ひとつ嫌なことを言われたら、それを打ち消すために5つのポジティブな会話が必要となるほど、我々の脳はネガティブな刺激に強く反応してしまうことを示している。

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明確に否定された日本人の「不安遺伝子」説

 オリンピックに限らず、さまざまなジャンルの話題について、いろんな国や文化的背景の人と対話をしていて感じるのは、この「ネガティブ・フィルター」の強度が国民性のさまざまな違いとして表れているのかもしれないということだ。日本人の大多数がオリンピック開催に反対しているのも、「ネガティブ・フィルター」の強さが関係している可能性もある。

 子育て世代の家庭をたくさん見てきて感じるのが、日本人の親の多くが、子どもの長所を見て褒めて伸ばすよりも、短所を見て注意して直そうとする傾向があることだ。こうした子育てのやり方に関して詳しく知りたい人は、4タイプの子育てスタイルに関する記事「親は 4 タイプいる!あなたの子育てスタイル診断」を参照していただきたい。

 また、日本人の悲観思考は、日本人の大部分が持っている「不安遺伝子」が原因という説がある。2003年に、米デューク大学と英キングズ・カレッジ・ロンドンの心理学教授であるアブシャロム・カスピ博士により、セロトニントランスポーター遺伝子の型が、個人の不安傾向に影響しているという研究結果が発表され、大きな話題を呼んだ。セロトニントランスポーター遺伝子の「S/S型」を持つ人は不安をより感じやすく、「L/L型」の人は不安を感じにくいというものだ。

 日本人の約7割が「S/S型」を持っているため、「日本人はもともと不安が強く幸せを感じにくい」という議論が一時期広く普及した。ちなみに、アメリカ人の多くは不安を感じにくい「L/L型」を持つということで、なおさら説得力をもった説となった。だが、それ以降、多くの検証実験やメタ分析がなされており、現在ではセロトニントランスポーター遺伝子の型と不安傾向との関係性は、明確に否定されている。

「ポジティブ心理学」が浸透するアメリカ

 それでは、「ネガティブ・フィルター」の強度の違いはどこから来るのだろうか。それは、個人が自分の考え方を客観的に見つめて「ネガティブフィルター」を克服していくような努力を、日々行っているか行っていないかの違いだと思う。アメリカではとくに、90年代後半から「ポジティブ心理学」という新しい分野が脚光を浴び、幸せで充実した人生を送っている個人の考え方が科学的な研究対象として扱われるようになった。

 ベストセラー本『オプティミストはなぜ成功するか(Learned Optimism)』の著者であるマーティン・セリグマン博士が1998年にアメリカ心理学会の会長になり、ポジティブ心理学を新しい領域として創設。その後はテレビや専門誌などでも「ポジティブ心理学」に関する特集が組まれるようになり、現在では心理学のなかでも注目の研究テーマのひとつとなっている。

 アメリカの教育現場でも、意識して子ども達の「ネガティブ・フィルター」を取り除く努力をしている。たとえば、私の子どもが通う小学校では、「拡張的知能観(Growth mindset)」にもとづいた授業が行われている。拡張的知能観とは、「自分の能力や人格は生まれつきのものではなく、いくらでも成長できる」という考え方であり、その逆の「固定的知能観(Fixed mindset)」とは、「自分の能力は生まれながらに決まっているので変えられない」という考え方である。

 スタンフォード大学の心理学教授であるキャロル・ドゥエック博士の長年の研究により、人生で成功して幸せな人生を歩んでいる人の多くは、こうした「やればできる」という「拡張的知能観」を持っていることが明らかになっている。「拡張的知能観」を基盤にした教育を受けた子ども達は、難しい課題に直面した際、失敗を恐れずにチャレンジする。こうしたチャレンジ精神旺盛な人間がたくさんいる社会は成長を続けていく。

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(出典) Pixabay.com

自分の考えを意識して見つめる

 「ネガティブ・フィルター」を弱め、現実は頭で考えているほど悪い状態ではないと気づくためには、勉強やスポーツと同じく日々の訓練や練習が必要になる。練習をしばらくサボると腕が落ちるように、「ネガティブ・フィルター」を手なづける努力も意識して毎日続けることが必要だ。

 それでは、具体的にどうすればいいのだろうか。一番簡単な方法は、感謝できるものを意識して探すことだ。水の半分入ったコップを「まだ半分も残っている」と思うか「もう半分しかない」と思うかの考え方の違いにより、考え方や気持ちも変わってくる。何かが「ある」状態が普通ではなく「ありがたい」ものであると考えるだけで、感謝する気持ちが湧き上がってくる。一日の終わりに感謝できるものを10個考えてから眠りにつく習慣を取り入れるだけで、一ヶ月もすればものの見方が変わっていることに気づくだろう。

 また、ニュース報道を見るのは1日に10分以内にするなど、「ネガティブ・フィルター」が刺激される情報を自分の中に入れないなどの対策も必要だろう。気になるトピックに関しては、政府機関や専門機関、専門誌が発表しているデータを参考にして、自分なりにどう解釈するかをできるだけ客観的に考える。そうすると、ニュースを見ているだけでは気づかなかった点に気づいたり、大事なデータが報道されていないことにも気づき始める。

 少なくとも、「本当にそうなのか?」と疑問を持ち、自分で調べて自分で判断することを繰り返していけば、結論にいたる論理的な裏付けがあるため、自分と異なる意見に対しても冷静に自分の意見を述べることができる。同調圧力により、自分の意見が言いづらい場合もあるかもしれない。しかし、「みんなに合わせる」ということを繰り返せば繰り返すほど、マジョリティの意見は固定化し、さらに同調圧力が強まっていく。

 ナチスドイツの高官で、アウシュヴィッツ強制収容所へ大量のユダヤ人を移送する指揮を取ったアドルフ・アイヒマンは、自分が犯した罪について「命令に従っただけ」と答えたという。上官に従って行動した結果、行き着いたのは人類史上最悪の犯罪、ジェノサイドだった。アイヒマンはカリスマ性のかけらもない凡庸な役人にしか見えなかったため、彼の権威への服従の心理は多くの心理学者の研究対象となった。その中で、60年代にイェール大学の心理学者だったスタンリー・ミルグラム博士により、人々の約3分の2は、恐怖や権威の前ではきわめて残酷になることが明らかにされた

 「ネガティブ・フィルター」もまた、恐れが元になっている。恐れが理性の脳をハイジャックしてしまわないように気をつけよう。自分の意見がこれまで言えなかった人は、「これは私の意見ではなく、~~機関のデータですが」などと出典元を出して話せば、異なる視点を相手に示すことができるかもしれない。

 五輪に関してだけではなく、さまざまなトピックに関して自分自身の「ネガティブ・フィルター」を理解してコントロールできれば、建設的な意見交換ができる風通しのよい社会を少しずつだが作りあげることができると信じている。

 

Profile

著者プロフィール
長野弘子

米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー。NYと東京をベースに、15年間ジャーナリストとして多数の雑誌に記事を寄稿。2011年の東日本大震災をきっかけにシアトルに移住。自然災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウェスト大学院でカウンセリング心理学を専攻。現地の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、さまざまな心の問題を抱える人々にセラピーを提供している。悩みを抱えている人、生きづらさを感じている人はお気軽にご相談を。


ウェブサイト:http://www.lifefulcounseling.com

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