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アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

アルゼンチンと、タンゴな人々

FluxFactory-iStock

はじめまして。南米アルゼンチンでバンドネオン奏者としてタンゴを演奏しています、西原なつきです。
タンゴを勉強するために単身この国にやってきて、あっという間にブエノスアイレス在住7年目が経とうとしています。
まずは、自己紹介も兼ねて少しこのアルゼンチンという国のこと、そしてアルゼンチンタンゴについてお話しします。


"There are four kinds of countries in the world: developed countries, undeveloped countries, Japan and Argentina."
「世界には4種類の国がある。先進国と発展途上国と日本とアルゼンチンだ」


という言葉があります。これは、1971年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカの経済学者であるサイモン・クズネッツによる、「途上国から先進国になった日本と、先進国から途上国になったアルゼンチン」を指して発言されたものです。


1929年の世界恐慌以前には、ヨーロッパから沢山の移民達がアメリカンドリームならぬアルゼンチンドリームを求めて出稼ぎにやってくる、世界でも十位内に入るような経済大国でした。首都ブエノスアイレスの街に残る沢山の美しい欧風の建築物はその頃の遺産で、それが南米のパリと呼ばれる所以です。
そこから一転して途上国となってしまったわけですが、その様々な原因は今もなお複雑に絡まったまま、途上国としてあり続けています。
現にこれまでに9度ものデフォルト(債務不履行)を行っており、そのたびに世界を騒がせていることなどから、未だにこのインパクトのあるフレーズはこの国を語る際にしばしば使われます。(一番最近では、2020年4月に事実上のデフォルトがありました。)


アルゼンチンタンゴは、国がこうなってしまう前、丁度その発展を遂げていた頃である19世紀末に生まれたものです。
ブエノスアイレスの港に辿り着いた移民たちが、労働で得た少ない給料でヤケ酒をしながら故郷を懐かしみ、その地に残してきた家族や去っていった恋人を思う悲しみを歌にしたり、酒場で娼婦と踊っていたところから、タンゴは始まりました。場末で生活する労働者層の人々が種を植え付けた文化なのです。
なので、その歌詞にはルンファルドと呼ばれる隠語が使われていたり、また男性優位にとれる表現もあります。現代ではひんしゅくをかってしまうようなタンゴも少なくありません。


*例えばこちら。
「希望も自信も失った、かわいそうなひとりぼっちの独身女...♪」というフレーズから始まるこのタンゴは、よく女性ミュージシャンの間で議論になります。読み進めると非常に芸術性の高い美しい詩ではあるのですが、一昔前の"こうあるべき"というステレオタイプな女性像もその表現の背景からうかがえます。
そのような理由から、男性歌手がレパートリーに選ぶことはあまりないのですが、メロディーが非常に美しい曲の一つで、インストゥルメンタルアレンジで様々なバージョンで演奏されています。


Nunca tuvo novio(恋人もなく) / 作曲: Agustín Bardi 作詞: Enrique Cadícamo
by Trio Federico - Berlingieri - Cabarcos



「タンゴがなければ住んでないと思う。」という言葉は、同じようにタンゴに釣られてアルゼンチンに住み着いてしまっている多くの外国人の知人友人からよく聞くセリフです。
そして、アルゼンチン人たちからは、「よっぽど日本の方がいいだろうに、なんでアルゼンチンにいるの?!」と言われる事も。経済もいつも不安定で、出口のない長いトンネルの中にいるような、日常生活レベルでもツッコミどころ満載なことだらけのこの国。
それでもここに生活するこの国の人々は、危機に慣れている?!のか、苦難があってもなんとなく人生を楽しんでいるように、それでも笑って過ごしているように感じます。
それと同じようにタンゴも、どんなに本編で恨みつらみが歌われたとしても、その多くの曲が最後の1小節は "チャン、チャン!" で終わるのです。




まさにそこにはアルゼンチン人にありがちな、深刻な顔をして愚痴や悩みなどのおしゃべりをひたすら続けておきながら、最後にはなんだか「明日は明日の風が吹く!」と言ってのけているような気質がわかりやすく現れているような気がします。「アレっ、さっきまでの暗い顔はどこ行った?」と・・・。

jacaranda.JPG

大通りには交差点ごとにカフェがあると言っても過言ではありません。おしゃべり大好きアルゼンチン人、そのための場所探しは苦労しません。(筆者撮影)


なんだかんだ文句も言いつつもこの地に留まって、現地の人々の中に混じって演奏をしていくことを今選んでいるのは、やっぱりこの街と、この街のタンゴが発する不思議な魅力に憑りつかれてしまっているからなのだと思います。
タンゴ好きの、その理由は人それぞれだと思いますが、私はそこから感じられる"人間らしさ"、街の空気や人々の習慣から引き出される表現、また誤解を恐れずに言うと、その"泥臭さ"が好きです。


とは言え、3月から11月までの8か月間に及ぶ長い長いロックダウンにより、(現在は緩和されたものの、夜間外出禁止令などの制限がありながらの生活です)アルゼンチン経済は疲弊しきっています。
ユネスコ世界無形文化遺産であるタンゴにも政府からのサポートはないに等しく、文化存続の危機とも言われています。


ということで、あまり知られる機会の少ない国内事情、人々の生活、感じることなど、私の出来る範囲でお伝えしていけたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。

 

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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