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中国航海士・笈川幸司

笈川幸司|中国

第11回 中国における日本語教育のいま

うそや大袈裟なことは書きたいくないので、極端な例を挙げることを控えたい。また、ネガティブな実態だけを挙げ、いまはこんな酷いことになっているという書き方もしない。したがって、刺激を求める方々にとっては物足りないだろうことをあらかじめ言っておきたい。

大学受験を目指した日本語教育が広がっている

これはある地域に限った状況ではなく、中国全土どこでも行われているため、来年、国際交流基金が発表するであろう日本語学習者数は、大幅に増加するものと見て間違いないだろう。これは日本人として喜ばしいことだが、ある事情も説明しておかねばならない。

まず、中国では一般的に成績が優秀な学生は理工系を選択する。優秀な文系学生も少なくないが、大まかに言えば、優秀な理工系クラスに漏れた学生と、一部の優秀な文学少女など、少し変わったタイプの学生たちが文系クラスの上位を占める。理工系クラスと理工系クラスに漏れた優秀学生、一部の成績優秀な文系学生は、外国語として英語を選択する。理工系クラスに入れず、文系クラスの中でも、英語のような暗記科目が苦手な学生が、日本語=簡単だろう?という安易な考えから日本語を選択する場合が多い。

そんな彼らを教えるのは、教師経験がほとんどなく、日本語を熱心に勉強していた1980年代生まれでもない、勉強より趣味を優先する代表でもある1990年代後半生まれの新米教師である。大学時代に日本語を選択していた学生の中には、成績が優秀で、卒業後、日本に留学に行くか国内の大学院に進学するものがいる。日本語を使って、日本か国内の日系企業に就職するものもいる。留学せず、大学院にも進まず、日系企業にも就職しなかった、いわゆる、「自分の日本語に自信を持てない大学四年生」が、高校の日本語教師を目指すことになる。

自分の日本語に自信が持てないなら、自信が持てるようになるまで努力すれば良いではないか。しかし、自分の努力や実力以上に周りから評価されるような職についた彼らの多くは、自分がこれまでやってきたことを否定する必要はないと考えるのが自然だろう。いまのままで良い。こう考えるのは当たり前ではないだろうか。
勉強にやり方があることを知らない

各地に学習塾や予備校があり、それらが、高校受験、大学受験の近道であることは、日本では広く認められている。ほかの科目は知らないが、中国の大学受験科目・日本語に限っては、受験テクニックを教える学習塾が、わたしの知る限り、まだ、ない。

受験者数が多いため、受験テクニックがなくても丸暗記する能力だけで勝負できる学生が毎年山ほどいる。もちろん、中には子供の頃から高い学費を出して優良な塾に通い、受験テクニックを使って一流大学に合格する学生もいるが、その数はまだ少なく、しかも、彼らは北京や上海など大都市に集中する。したがって、ほとんどの学生にとって、受験の勝ち負けは、学習習慣にかかってくる。多くの高校生は、朝6時半から夜11時まで、教室に缶詰にされながら受験を迎える。学習効率より学習習慣と学習時間がものをいう世界だ。

このような経験をしてきたのが、いまの高校の日本語教師である。当然、受験テクニックはほとんど知らず、自分の学習能力にも自信を持っていない。プライドはそこそこ高いが、半年授業をしたら、学生と学校からの評価を手にし、悩むことになる。いま、多くの高校の日本語教師は悩んでいるものの、改善策を見出せず、しかも、自分から動こうとしない。

来年から受験スタイルが変わるという。受験に口語部門が加わるそうだが、受験テクニックを知らない教師たちは、いま、迫り来る新方式を恐れながらも、高校教師グループ内で、同じ悩みを持つほかの教師の話を聞いて安堵している。
そんな中、日本で大学院を出たものが、高校教師になるケースが大都市を中心に徐々に増えてきている。彼らの日本語力や海外経験は突出していて、その他大勢の新卒日本語教師を競争相手とみなしていない。そのため、勉強会なども開かれていない。

以上が中国における日本語教育事情(高校教師編)である。いまは日本語バブルだという声も聞くが、この状況をなんとか好転させ、バブルに終わらせたくない。そのための取り組みを次章で述べていきたい。

 

Profile

著者プロフィール
笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。

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