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中国航海士・笈川幸司

笈川幸司|中国

第24回 中国生活20年間の思い出ベスト5

中国生活20年間の思い出ベスト5

2021年6月に完全帰国するにあたり、今回が最終回ということで、中国生活20年間の思い出ベスト5を書き綴りたいと思います。この内容を読み、びっくりされる方の表情が容易に想像できますが、これはあくまでも特別なベスト5ですから、心の準備をされてから読み進めていただきたいと思います。では、はじめます。

① 宮廷料理

ゲテモノ食いといえば、1995年頃、北京での留学時代、韓国人留学生に朝鮮レストランに連れられ、食べ終わってからそれが犬肉だったと知ってショックを受けたことがあります。また、広東省でオオサンショウウオを勧められましたが、心の準備ができていなかったので丁重にお断りしました。しかし、事前に知らされ、生涯忘れられないのが、馬や牛、羊などの陰茎、睾丸をふんだんに使った宮廷料理です。これは、15年ほど前にメディア関係の方にご馳走していただきました。焼肉屋で味わうコリコリした食感でした。大企業の中国支社社長、テレビ局新聞社各社の記者と食事をする機会は、日本にいるときは想像もできませんでしたが、北京に滞在中はそれが生活の一部でした。

② 北京オリンピックパラリンピック

チケット料金が高騰し、テレビ観戦しかできないとあきらめていましたが、北京五輪ボランティアをしていた教え子たちがチケットをプレゼントしてくれました。懐かしの星野ジャパン。中国で初めて見る野球の試合。夜は眠れないほど興奮しました。当時、教え子の張君が星野監督の通訳をしていたので、毎試合テレビの記者会見に出ていましたし、新聞にも取り上げられていました。そのほか、卓球の福原愛ちゃんの試合や男女マラソンを見ました。あっ、マラソンはチケットが必要なく、マラソンコースの一部が清華大学の敷地にあったため、テレビで、先頭を走る選手が清華大学に近づいてきたタイミングで、急いでコース脇まで自転車を漕いで行き、選手たちに声援を送りました。また、『鳥の巣』と呼ばれるメインスタジアムで、パラリンピックの開会式を見て、パラリンピックならではの試合をいくつも見ることができました。

③ 杭州日本人学校

生徒数が少なく、多い時でも60名(9学年)で、息子が通う教室には6名しかいませんでした。しかし教師数は多く、日本の学校で行われる全ての行事がここでも行われ、特に運動会では生徒が少ないことから、全員がほぼ全種目に参加し、当然リレーも全員が参加するといった特別な運動会になっていました。また、学習発表会では、どの学年の生徒も舞台に立って劇を演じるのですが、テーマの通り、全員が主役で、一人一人のセリフが多いのが特徴でした。私自身、子供の頃にこのような経験をしたことがなかったので知らなかったのですが、世界中どこの日本人学校も、駐在員の子どもたちが通い、総じて成績も優秀で学習意識の高い生徒ばかりいるそうです。特に杭州日本人学校は少人数授業で、どの授業でも先生から指名される回数も多く、プレゼンテーションをする機会も多いことから、どの生徒も緊張せずに発表できるようになるという利点が見られました。また、「感情的に生徒を叱らない」という意識が教師間で徹底されている点がもっとも印象的でした。

④ 清華北大

先日発表されたTHEアジア大学ランキング2021では、1位が清華大学、2位が北京大学でした。ちなみに東京大学は6位、京都大学は10位でした。初めて清華大学の正門をくぐったのは2001年10月のことです。当時、教え子たちの宿舎に初めて行ってびっくりしたのは、多くの学生のパソコンのカバーが外されていて、中身が丸見えの丸裸になっていたことです。わけを聞くと、「風通しが良く、パソコンが熱を持ちにくくなるから」と言っていました。さらに、部品を勝手に取り替え、学生たちは自分の思うままにしていました。さて、私は仕事柄、音声分析ソフトや動画編集ソフトが欲しかったのですが、研究費がなく購入できませんでした。ところが、教え子たちが、「プレゼントしますよ」と気軽に言って、ダウンロードしてくれました。いま思うと、高額のソフトを学生が購入できるはずもなく、彼らは海賊版を使用していたのではないかと思います。根拠がないので疑うのは失礼なことかもしれませんが...。とにかく、どの学生もパソコンが得意で、どのソフトも自由に使いこなしていました。ですので、今の中国のITの発展を、20年前に想像することは難くありませんでした。ところで、北京大学は校風が違います。教室で徹夜して、一年間のうちにベッドで寝るのは数日だけという学生もいれば、勉強はせず、パソコンゲームに明け暮れる学生も多く、株の動向を一日中気にする学生もいました。私が在籍した二年間、日本語コンテストで優勝した学生数はなんと10名。誰が出場しても優勝しそうな雰囲気がただよっていました。

⑤ 中国の若者

20年ほど前に大学時代の担任の先生が北京に来てくれました。状況を先生にお話しすると、「今の中国の学生は昔の日本の学生と同じだね。でも20年もすると、中国の学生も今の日本の学生のように勉強しなくなっているだろうな。まあ、日本も貧乏になるだろうから、日本の大学生は20年後、今より勉強するようになっているだろうね。それまで笈川君は中国でしっかり実績を積んで、日本に戻って来なさい」と仰いました。確かに、今の中国の学生の特徴を挙げると、以前のようにギラギラした目を持つ学生は少なくなりましたし、声も小さくなりました。やる気を表に出すことをはしたないと感じ、ハングリー精神を失ってしまったようにも見えます。しかし、これは正常な行動、正常な考え方で、教師はそれを踏まえた上でやっていくしかありません。実際、教師が一人一人へ思いやりを持つことで、学生たちは急にやる気を出すようになり、状況は一変します。豊かになると人はやる気をなくすようになるということを理解できず、苦しんでいる中国人の先生もいますが、それを超えて来た日本人は、今の中国の若者とうまく付き合うことができるのではないでしょうか。

二十年間、中国で夢のような時間を過ごすことができました。また、中国生活最後の一年、NEWSWEEKブログで、中国の現状をお話する機会をいただき、光栄に思うと同時に、毎回ワクワクした気持ちで書かせていただきました。完全帰国をしますので、今回が最終回になりますが、これからも中国は変化を続けて行くでしょうし、世界にも日本にも大きな影響を与え続けて行くでしょう。この24回のお話で、読者の皆さんが、中国を理解するきっかけになればと思っておりました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

Profile

著者プロフィール
笈川幸司

1970年埼玉県所沢市生まれ。中国滞在20年目。北京大学・清華大学両校で10年間教鞭をとった後、中国110都市396校で「日本語学習方法」をテーマに講演会を行う(日本語講演マラソン)。現在は浙江省杭州に住み、日本で就職を希望する世界中の大学生や日本語スキル向上を目指す日本語教師向けにオンライン授業を行っている。目指すは「桃李満天下」。

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