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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

先生と生徒のヒエラルキー、恩師Fabio Lealから学んだこと

Fabio Leal(中央)と生徒たちで組まれたグループ(photo by Aika Shimada)

以前、私が30歳でブラジルの音楽院に入学したという話を書いたのだが、少しずつそこで起こった印象的なことを書いていきたい。(ご覧になっていない方はこちら : 30歳でブラジルの州立音楽院の学生になる(前編)

再び学生になって日本の音楽大学に通っていたころと大きく違ったと感じたことは、当然のことながら当時よりも遥かに物事を広い視野で見れるようになっていた事と、学びたいという強い意志と覚悟、そして先生との出会いだった。

入試が実技だけだったので合格できたものの、ポルトガル語が殆どわからない状態で授業を受けるのに苦労したのだが、大変だったのは私だけではなく、先生方も一緒だった。英語を使ったり、ウェブの翻訳機能を使ったりとありとあらゆる方法でコミュニケーションをとろうとしてくれ、私が何度同じ質問しても丁寧に答えてくれた。これは先生に限らず、ブラジル人の特性なのかもしれないが、とにかく皆親切にしてくれる。

中でも当時音楽院で教鞭を執っていたギタリストのFabio Lealとの出会いは、私の音楽に対する価値観を大きく変えることとなった。
昨年、サックス奏者のRichard FerrariniがFabio Lealへインタビューを行い、先生と生徒の関係性について取り上げた。私は実際に彼の生徒だったこともあり、その言葉が本物であることに感銘を受けので、ここで紹介したい。

fabio leal.png
Papo de Músico com o guitarrista Fabio Leal (YouTubeより)

私は若くして先生になり、常に先生と生徒の間に起こるヒエラルキーに疑問を感じていた。
このピラミッド型の階級組織構造によって起こる権力関係は、果たして音楽に必要なのか。
もしこのヒエラルキーを除外したならば、そこに残るのは敬意である。
多くの先生は生徒に尊敬されなくなることを恐れているが、実は反対なのだ。
これまで学外でも生徒たちと一緒に過ごしてきたが、学校の授業中に自分を侮蔑するような生徒は一人もいなかったし、授業での重要とされるのは、自分が先生で相手が生徒であるという師弟関係ではなく"音楽"なのだ。
自分にとって、先生というのは生徒が今いる地点から次の地点へ進むのを手伝うためにいるものだ。
そして、先生と生徒は人生の中で異なる地点にいるだけなのである。
もしそれを一時的なものと考えれば、学生はいつか自分と同じ地点にたどり着くことになる。
だからヒエラルキーは必要ないんだ。

Fabio Leal 2020年10月20日、ライヴ配信インタビューにて
【引用】https://www.youtube.com/watch?v=db5KZda5sI8&t=1648s

Fabio Lealはギタリストとしても有名で、授業では話よりも実際に演奏をしながら教えてくれることが多かった。
かと思えば、全く楽器を演奏せずにジャズやクラシック、そしてブラジル音楽に影響を与えているアフリカ音楽の音源を授業で流すこともあった。彼の授業を受けるためにブラジル全土からギターの生徒が集まり、彼のクラスはすぐに満員になってしまうため、履修日は学校に前日から徹夜で並ぶ生徒たちがいたほどだ。

私自身もできる限り彼のアンサンブル授業を履修した。
音楽大学で学んだ貯金もあって初級クラスのうちは殆ど何も言われずにいたのだが、彼の授業を履修して2年目に急所を突かれたのだった。
当時私が一番心配していたことは、"間違えること"だった。間違いを恐れて、常になんとなくで燃え尽きない演奏しかできないことにモヤモヤしている私を見抜いたようで、「この2枚のアルバムを聴いてみるように」と音源のリンクを送ってくれた。
Fabio Lealは、私に対してああしろこうしろと細かく言わず、私が自分で気付けるように誘導してくれたのだ。その代わり、アルバムを聴いて感じたことを意見交換した。
この頃から少しずつ演奏中に自分を解放することができ始め、今まで聴かなかったような音楽も聴き始めることによって自分の世界観が一気に広がった。

更には、音楽院の外で組まれた彼のグループにも呼んでもらい、何度か一緒にライヴをすることもできた。
自分の尊敬する先生と、やる気に満ち溢れたメンバー(私と同じく生徒)と共に、夜中にスタジオに入ってひたすら音楽に集中した。
とある日は誰かの家に集まってギター1本と共にサンバ、ボサノヴァ、モジーニャといったブラジルの古い音楽を皆で歌ったり、とある日は楽器を持たずにビールを飲みながら音楽はもちろん、政治や哲学、映画や他国の文化について遅くまで話し合った。

先生と生徒の間に権力関係が出来上がることは自然なことだが、境界線を作らずに一緒に音楽をすることで思いもよらない相互効果があることを、多くの先生が気づいていないかもしれない。
Fabio Leal自身も同音楽院で学んでいた際、当時の先生たちと一緒にグループを組んでHermeto Pascoalの研究をしていた。
このように生徒が先生と一緒に演奏する機会は、実はブラジルの音楽院やオーケストラではよくあることである。
例えば、サンパウロの有名なオーケストラの一つであるOrquestra Experimental de Repertórioも、特定数の演奏員以外は若い演奏家を雇用し、指揮者や演奏員の指導を受けながら実践的に学べるスタイルをとっている。

私自身がそうだったので言えることだが、アカデミックに音楽を勉強していると、試験やコンクールの結果を気にしたり先生の言うことが絶対であるという錯覚に陥ってしまうことがある。
間違えることを恐れていたのも、知らぬ間に人の評価を気にするようになっていたからかもしれない。
だからこそ、私を新しい地点へ導いてくれた先生との出会いは重大な出来事だった。
同時に、私自身も先生として音楽を教えているため、生徒に対して何ができるか改めて考える機会を与えてもらえた。

Fabio Lealとの思い出は、音楽院在学中だけで留まることなく、現在も続いている。
自分が心から尊敬する師が自分の友人でもあるとは、なんて光栄なことなんだろう。

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筆者とFabio Leal、2018年12月11日、Fabioの送別会ライヴにて演奏後(photo by Aika Shimada)

【今日の1枚】
Fabio Lealが自身の音楽院の先生や仲間を交えて始めたグループMente Claraの影響力は非常に強く、当時学生たちがリハーサルを見学するほどだったそうだ

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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