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最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性

山本彌生|アメリカ

ポートランド流 持続可能な『もの作りとデザイン5つのヒント』

言葉遊びを中心としたエッグプレスのデザインは、数百種類にもおよぶ。時代の流れと共に新たなデザインを常時造りだして、最近ではLGBTQ関連のカードも好評。Photo | Egg Press

| 古いモノから新しいヒントを生み出す持続可能ビジネスモデル

『レター・プレス』って知っている?

そう聞かれて手渡しされたのは、再生紙に刷られた凹凸のある活版印刷のグリーティングカード。

まずそのイラストを見て「くすっ」と自然に笑みが漏れました。そして温もりを感じながら、無意識に手のひらをあてて何度もなぞると、ゆっくりと心が和んでいったのを覚えています。

2000年初頭、ちょうどデジタル化というコンセプトが急速に発展成長し始めていた、当時の西海岸。私自身の会社も設立当初の羅針盤が少しぶれ始めていた時期でした。

カード文化が根付いているアメリカでさえ、コミュニケーションの媒体としても手書きや紙離れのちょうど境目の時期。そんな時初めて、女性起業社である『エッグ・プレス(Egg Press)』という会社の名前を聞き、元ナイキのデザイナーだったテスさんという人が社のトップであるという事を知ったのです。

ブランドのストーリーを聞くうちに、古いコンセプトを捨てることなく、新しいものを学びながら時代と共に進んで行くことができる。私自身の凝り固まった志向を徐々に開放し始めると、自然に新しいアイディアへといざなわれるようになっていきました。

そこからは、あっという間の10数年。今では持続可能なビジネススタイルという共通点の元、数多くの協働をしています。

そして今、手仕事の活版印刷が再度注目されています。コロナ禍自粛によって会えなくなった大切な人に、自分の思いを伝えたい。手仕事で刷られたカードに、手書きで一言二言綴る。ぬくもりを感じるデザインものは、離れている人との繋がりや距離を近づけてくれるというのがその理由です。

暖かさを感じるのは、カードだけではありません。ミッド・センチュリー*のデザインや家具に囲まれたご自宅にも何度もお邪魔をする度に、心地よい空間作りに心が奪われます。ストーリーを語れるモノを自分の生活の中に取り入れる、人に受け継がれたものを自分なりに使うのが好きだといいます。

今回は、そんな『持続可能な活版印刷会社』と彼女の『持続可能な暮らしのヒント』を同時に深堀していきます。

〚*シンプルかつデザイン性の高いフォルムや曲線美であると同時に、モノづくりにおいてクラフトマンシップの要素を守り続けている。そんなことから、ポートランドの人々の志向と合ってこのスタイルのデザインに囲まれて生活する人も多い。〛
EggPressRoom (2).jpg
Photo | Egg Press

| Nikeのデザイナーから起業家へ。『好き』からのモノ作り

元々は、ナイキのテキスタイルデザイナーだったテスさん。小さい頃から昔の手法を使ったものづくりに興味を持っていました。活版印刷もそのひとつ。なんらかの形で、テキスタイルデザインと融合することができないかと漠然と思いを抱いていました。

そんなある日、廃業をする印刷業者から古い機種の活版印刷機が売りにだされるという情報が入ってきたのです。「自分で刷ってみたい!でも、あくまで趣味の域として。」重く重厚な印刷機を父親と必死にご自宅のガレージに運び入れたその日から、活版印刷機とその印刷の魅力にのめり込んでいきました。

そこから5年間、地道に自宅のガレージでの印刷作業とデザイン技術を磨く日が続きます。当時はまだ、クラウドファンディングなんてない時代です。じっくりと、起業のための勉強と資金作りを行っていきました。プロダクトやデザイン方向性、そして資金に目途が付いてきた1999年、思い切ってナイキを退職。女性起業家として、会社を設立します。

それ以来、15名程の従業員と共に、毎日数百枚から数千枚の活版印刷を全米のみならず世界中へ送り出しています。

折もおり、2015年オバマ元大統領がポートランドを訪れた際に、一度だけ公的の場でのスピーチが行われました。その席で、「中小企業が中心のポートランドにおける女性起業家の牽引役。環境を重視した持続可能な会社作りの良き成功例」として名指しを受けるほどの優良企業へと成長し続けます。

EggPressPrintingMachines.jpgPhoto | Kevin Evans

| 持続可能な『つくる責任』

そんなエッグ・プレスの工房の中に入ったとたん出迎えてくれるのは、まるで整列した騎士の様な印刷機8機。1920年から1960年代モノを中心に、ひとつ一つの特性や個性があるそうです。もちろん初めての活版印刷機も、現役で働き続けています。

近年は主にデジタルカードを使用する人が多い中、大手カード会社の多くは生き残りをかけて印刷を海外発注しています。ほとんどの会社は、決して環境に良いとは言えない安価なインクを使用し、健全な工場環境とは言えない会社が多いのが実情です。

そんな流れの中で、『持続可能な生産』と『環境への配慮』に設立当初から力を入れているエッグ・プレス。ただ単に売ればいいという『かわいいカード』を作り出すのではなく、社会的責任を持って作り出さなければいけないと考えています。

しかし当時はまだ、持続可能やSDGsという言葉がアメリカでも一般化されていない時代。一番大変だったのは、作り出す製品への責任と社会の役割を顧客へ説明して、その社会的影響を理解してもらうことだったといいます。

「最近になってやっと、『モノの持続可能性の大切さ』と『そのストーリー性』が少しずつこの社会に浸透してきたことを感じています。」SDGsへの意識が高まっている、今の社会の流れ。この古き良き手作業とプロセスが、逆に新しい概念になっているのです。

テスさんは、製品を作り出す際にSDGsの『つくる責任*』を常に意識していると続けます。

「持続可能が実現されるためには、定期的に生産から廃棄まで全体を見回して、その仕組みを常に見直して変えていくこと。そのモノがどの様な素材で作られ、どの様に管理、リサイクル、廃棄されたりするのか。その流れをきちんと把握することが重要なのです。」と優しい微笑を浮かべながら、まっすぐに語ります。

*SDGsの項目12 番。『つくる責任』と『つかう責任』〛

同時に大事にしていること。それは、誰かが喜んでくれることを思いながら、それを自分の喜びにして働くことだともいいます。カードという消費品を超えた、人の心と言葉がつまった『思い出の一品』になるよういつも意識をしています。

©2021PDXCOORDINATOR,LLC

次のステップとして、より持続可能なビジネスを創造するためにプラスチックを含まないパッケージを設計しているとのこと。

経済成長のためや起業PR、マーケティング手法としてのSDGsではなく、本来向き合わなければならない企業のビジネスモデルがここにあります。

そんな起業家であると同時に、妻であり二人の男の子の母でもあるテスさん。持続可能なポートランドの『日々の暮らし』は、どのようなものなのでしょうか。

Profile

著者プロフィール
山本彌生

企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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