コラム

モンゴル拉致未遂事件は米トルコ危機の予兆だった

2018年09月01日(土)14時00分

エルドアンがアメリカに引き渡しを求める米在住のギュレン師 REUTERS

<ウランバートルの空港で起きた緊迫のギュレン派拘束劇――エルドアンの傍若無人さは世界を混乱させている>

トルコのエルドアン大統領はここのところユーラシア世界でも暴走し、その盟友を困らせている。一例を挙げよう。

7月27日。ウェイセル・アクサイ(50)はいつものようにモンゴルの首都ウランバートルのアパートから、勤務先の学校へ向かおうとした。すると間もなく屈強な男数人に囲まれ、チンギス・ハン空港へと拉致された。

空港の隅に外国の飛行機が一機、目立たないように止まっている。男たちは外交特権を持つ車で保安検査を受けずにタラップ近くまで疾走し、そのまま機内に入った。

飛行機はやがて滑走を試みたが、管制塔から待ったがかかった。アクサイの家族が警察に通報したからだ。強行突破をもくろむ飛行機とモンゴル警察当局との対峙は8時間に及んだ。その間にモンゴルのバトツェツェグ副外相はトルコ大使館に抗議の電話。ツォグトバータル外相もトルコのチャブシオール外相と電話会談し、真意を聞き出そうとした。だがトルコは最後まで関与を認めようとしなかった。

拉致されそうになったアクサイは、「トルコ学校」の教師だった。多様な宗教と外来文化に寛容なモンゴルには、カナダ学校やイギリス学校、コリアン学校と呼ばれる各国の学校が林立する。人口わずか300万人の遊牧の国で、外国の学校に入れる生徒の数も知れている。

トルコ諜報機関員が潜伏

それでも各国は存在感を示そうと、経済効果を度外視してウランバートル進出をためらわない。13世紀に大帝国を創設したチンギス・ハンの故国への敬意だけではない。中国とロシアのはざまに位置するモンゴルにいれば、大国の動向が手に取るように見えるからだ。かつて社会主義国で存在感を示したモンゴルは、冷戦後に自由主義陣営の一員になってから、学校の進出先として人気がさらに高まった。

問題は、アクサイがトルコ政府派遣の教師ではないことだ。彼は、アメリカで実質上亡命生活を送るトルコの宗教指導者フェトフッラー・ギュレン師を奉じるメンバー。ギュレン派は日本など各国に学校を設置し、慈善事業を通してイスラム復興を掲げている。モンゴルにも社会主義体制が崩壊した90年代から進出した。

ギュレンは一時、イスラム色の強いエルドアンと蜜月関係にあったが、その後はたもとを分かった。16年7月に首都アンカラなどで起きたクーデター未遂事件も背後でギュレンが糸を引いていた、とエルドアンは主張。アメリカに身柄引き渡しを求めているものの、一向に実現しない。直接、諜報機関員を各国に潜らせては、ギュレン派分子を拉致しようとしているという。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story