コラム

共産党にひざまずき、少数民族を見下した「天安門事件」の闘士たち

2019年06月04日(火)06時35分

軍の戦車に対峙する「タンクマン」(1989年6月5日) ARTHUR TSANGーREUTERS

<筆者が中国と決別した1989年、青年たちは北京の広場を目指した──。それから30年で膨張した中国に日米は手をこまねくばかり>

1989年3月末。筆者は中国から日本に留学するに当たり、北京空港で2つの決断をした。1つはたばこをやめること。もう1つは違和感ばかりが募る中国との関係を一切断つことだった。前者はうまくいったが、後者はなかなか絶縁できず、今も中国ウオッチは続いている。

日本に着いて間もなく、天安門広場に民主化を求める学生と市民が集まり始めた。彼らは民主と自由、人権擁護といった必要最低限の要求を中国共産党政権に請願したが、そのやり方は実に伝統的だった。請願書を党指導部に渡す際、ひざまずいたというのだ。独裁者に民主化の下賜を祈願しているかのような行動に、筆者は日本から応援しながら違和感が拭えなかった。

中国への違和感は既に、首都北京の外国語大学にいた1988年秋から肌で感じていた。大学で助手だった筆者は当時、後に民主化運動の指導者となる青年たちと民族問題を議論したことがある。欧米の民主制度に憧れる漢民族の青年たちは、内モンゴル出身の筆者のような他民族に対する蔑視を隠そうとしなかった。

「中国は既に少数民族を優遇している」「少数民族は漢民族よりあらゆる点で劣っており、民主化や人権制度について理解不能だろう」──。共産党が実施する民族政策で十分だと、「民主化の闘士」や「旗手」は公言してはばからなかった。

華やかさと悲惨とのずれ

1989年6月4日、民主化運動は人民解放軍の出動で容赦なく鎮圧された。犠牲者数にはいまだに論争があり、中国当局は死者319人と発表したが真相は闇の中だ。「反革命暴乱」「政治的風波」と政府が断定した後は、十数億もの国民を金儲けに駆り立てた。

それから30年たった今、世界は中国をどのように正しく位置付けるべきかを問われているように思う。

第1に中国は30年間、自国を実態以上に見せる技を駆使してきたと、中国に残って政府が用意したエリートコースを歩み続ける友人たちは口をそろえる。経済発展を示す各種統計はプラス成長にしなければ、官僚は出世できない。実際はマイナス成長でも「発展」に粉飾していれば安泰だ。そうしなければ、国家の発展を阻害する無能幹部として失脚する。

当局は実態を把握しているが、もはや粉飾を止められない。「発展」したはずの農村で、1人当たりの年収が1万円に達していない現状を筆者は近年、何度も目の当たりにしてきた。片や沿海部には世界レベルの金持ちも多い。この天文学的格差は共産党政権のアキレス腱だ。

第2に、年間十数万件の暴動が発生しても政権が安泰なのは、最先端の科学技術で国民を一人残らず監視しているからだ。中国共産党は建国以来、戸籍制度を悪用して世界有数の個人データベースを構築してきた。国家にとっての善悪を基準に国民を選別。日々の行動から思想まで把握し、干渉が可能となった。

【関連記事】浙江省で既に小工場30%が倒産──米中戦争の勝者がアメリカである理由

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story