コラム

真冬を彩る「日本的な」2つのフェスティバル

2014年03月03日(月)09時00分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[2月25日号掲載]

 遠い昔、若き日の私はバレンタインデーを心待ちにしたものだ。イギリスでは、私に思いを寄せる謎の送り主からウイットに富んだ、あるいはセクシーなカードをもらう日。日本では、おいしいチョコレートやクッキーを山のようにもらえる日だった。

 残念ながら現在は、私の魅力やイケメンぶりを分かってくれる女性は減り、妻や娘たちも義理チョコさえくれなくなった! 哀れな中年男は、バレンタインデーはお菓子屋の金儲けの手段にすぎないと、皮肉に構えるしかなくなった。

 バレンタインデーは多くの国に定着しているが、祝う方法はさまざまだ。この日の起源についても諸説ある。男女が自由に交わるローマ帝国時代のルペルカリア祭がキリスト教の行事になったという説もある。とはいえ、バレンタインデーと恋人たちをはっきり結び付けたのは、14世紀にイギリスの詩人チョーサーが王の婚約記念日のために書いた詩「鳥たちの議会」だ。

 その後、商業的な可能性を見いだした人々の後押しもあって、バレンタインにカードや贈り物を交換する習慣が根付いていった。イギリスでは19世紀後半に郵便料金が大幅に安くなったため、この日に送られるカードも大幅に増えた。今では年間約13億㍀がカードや花、チョコレート、ギフトに投じられる。送られるカードの枚数は推定2500万枚に上る。

 日本にバレンタインデーが持ち込まれたのも、あくまで商業的な目的からだ。36年、洋菓子店のモロゾフがバレンタインデーのチョコレートの広告を英字新聞に掲載した。50年代後半になると、ハート形チョコレートを男女で交換しようと宣伝されたが、なぜか女性から男性にプレゼントする習わしとなった。

 贈る相手によってチョコの中身も名称も変わる点も、日本のバレンタインデーならではだ。最高位が本命チョコ、次が友チョコ、義理チョコ、さらにその下が超義理チョコ。義理チョコ以下は相手から軽く見られている証しであると同時に、ホワイトデーにお返しをしなければならないという、まさにダブルパンチだ。

 同じ2月の行事で商業主義が仕掛けたものでも、個人的にはまったく問題ないと思う日本古来の祭りがある。節分だ。

 この行事の数週間前に子供たちと買い物に出掛けた際、スーパーマーケットの目立つ場所に豆まき用の「福豆」と一緒にヒイラギの小枝が売られていて驚いた。ヨーロッパ人にとって、ヒイラギはクリスマスの装飾なのだ。

■古代ローマにもよく似た祭りが

 子供たちは私に、節分ではヒイラギを悪霊払いのために家の外にぶら下げるのだと教えてくれた。悪霊は魚の臭いが苦手なので、ヒイラギにイワシの頭を刺してもいいのだとか。

 ルペルカリア祭がバレンタインデーのルーツだという説と同様に、古代ローマには日本の節分とよく似た春の祭りも存在した。レムリア祭と呼ばれるもので、その日に家長は悪霊をなだめるため真夜中に起きる。そして黒い豆をまきながら家の周囲をはだしで歩き、「この豆をまく。この豆で私と私の家族を救い出す」というまじないを9回唱えたという。

 近年、私が大好きな節分は恵方巻きのおかげでさらに活気づいた。02年には日本人の約50%しか恵方巻きの伝統を知らなかったが、大手スーパーが熱心に宣伝したことで06年には90%を超えた。恵方巻きの具材は七福神にちなんで7種類で、その年に神様がいる方角(恵方)に向かって願い事をしながら食べるという実に日本らしい習わしが私は好きだ。

 とりわけ気に入っているのは、無言で食べなければならないこと。騒がしい子供が4人もいる私にとって、節分のこの行事は静かに食事を味わえる唯一の時間でもあるのだ!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

みずほFGの今期純利益見通し10%増の7500億円

ビジネス

中国の複数行、高金利預金商品を廃止 コスト削減狙う

ワールド

インドネシア貿易黒字、4月は35.6億ドル 予想上

ビジネス

コメルツ銀、第1四半期は29%増益 通期の純金利収
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story