コラム

超富裕層への富の集中がアメリカを破壊する

2018年01月19日(金)14時40分

市場経済では、富の集中は自然発生的な現象だ。投下資本に対する利益は、時間がたつとともに所得を上回る。だから労働者がどんなに懸命に働いても、あるいはどんなに賃金が上昇しても、投資家の富が国富に占める割合は高まる。その潮流は金持ちにとっては急速なもので、彼らは大海を手に入れられる。一方、金持ち以外は、自分が乗ったボートが沈まないように必死でこぎ続けなければならない。

しかし、富の集中は避けられないものではない。1930年代以降のアメリカは、「ニューディール」と「偉大な社会」など富の再分配を重視する政策を取ったおかげで、極めて平等主義的な社会を築いた。

社会の下位50%が国富全体に占める割合は比較的高く、トップ1%と10%のシェアは現在よりもずっと小さかった。同時に、米経済は史上最大かつ最も持続的な成長を遂げた。このことは減税、規制緩和、小さな政府が豊かな社会をつくる、というレーガン革命の主張が誤りであることを示している。

積極的に富を再分配する政策を別にすれば、歴史上で投資家への富の集中を抑制してきたのは、国家的または世界的な大惨事だけだ。2つの世界大戦と世界大恐慌はとりわけ猛烈なインフレと、爆撃などによる文字どおりの資本破壊によって富が集中する流れを覆した。

富の集中が民主主義に緊張をもたらしていることは、アメリカと世界の市場経済民主主義国ではっきり見て取ることができる。民主主義の大きな目的の1つは、過度の権力集中を阻止することだが、もはや「1人1票」の原則は「1ドル1票」に取って代わられようとしている。

FOXニュースや極右サイトのブライトバートを見れば、大富豪がメディアを傘下に収めて「事実」をゆがめて発信させ、世論を操作していることは明白だ。それは富の集中が民主主義をゆがめている一例にすぎない。

北朝鮮の核より怖い?

格差の拡大は、社会の緊張も高めている。大富豪のマーサー一族は、極右のブライトバートの資金的後ろ盾となり、そのブライトバートがトランプ政権誕生に大きく貢献した。その勢いで白人至上主義者たちが全米で堂々と集会を開くようになり、反対派との衝突が起き、バージニア州シャーロッツビルで犠牲者が出た。これらは1本の線で結ぶことができる。

富の集中の進行と、適度に規制された市場経済の衰退は、豊かで平和な民主主義の存続を脅かす。それにもかかわらず、政治家は情報分析官の論理的な警告に耳を貸さず、対策を提言したりするなと命じるだろう。政治家が搾取的な方法で権力を握ったときは特にそうだ。

だが、国富の半分近くが人口の1%に集中し、23%が「下位」90%の人々の手にある状態は、民主主義と経済に対する戦略上の脅威だ。長期的にそれはアメリカにとって北朝鮮問題よりも、南シナ海情勢よりも、イランの情勢不安よりも深刻な脅威となるだろう。

なぜなら歴史をみれば、これから起きることは予測が付くからだ。富の格差が拡大すると(実現済み)、社会の緊張が高まり(実現済み)、これまでにないほど民主主義が緊張にさらされる(実現済み)。その次は、為政者のクビが飛ぶ。しかも暴力的な方法で。

本誌2018年1月23日号[最新号]掲載

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story