コラム

安保法案成立後の理性的な議論のために

2015年09月18日(金)16時49分

 同時に、政府の一部の方や、あるいは右派的な言論人の方で、SEALDsの運動など、デモを侮蔑して、批判して、場合によって危害を加えようとすることがあるとすれば、それは許されるべきではなく、望ましくないことだと思っています。デモをする方も、デモをしない方も、法案賛成の方も、反対の方も、相手に対する敬意がなければなりません。ましてや、レイシズム的な発言が多く広まっていますが、これは日本の国家としての品格を考えると、批判すべきことです。

「戦争反対」というスローガンがなぜ問題か

 他方で、多くの人は反戦のデモをして、平和を求めることが正義だと考えています。そして、安保関連法案は絶対的な悪と考えて、それを廃案にすることが自明の善であると考えています。つまり、われわれはあまりにも多くのことをあたりまえだと考えてしまいます。

 たとえば、「戦争反対」という言葉には、私は違和感があります。戦前の1928年にケロッグ=ブリアン条約が結ばれて、戦争が違法化されましたが、国際法上の戦争の要件である宣戦布告をせずに、それを「戦争ではない」と偽って、日本は「満州事変」を起こしました。また、1937年からの中国への攻撃と侵略も、それを「北支事変」と称しました。これらが「戦争」ではなく、「事変」であると主張することで、「戦争」を違法化したケロッグ=ブリアン条約の違反ではない、としたのです。

 ですので、そのような反省からも、より広い範囲での武力の行使を禁止するために、国連憲章では「戦争」という曖昧な用語を用いていません。そこでは、「武力による威嚇または武力の行使」というような、より幅広い概念が用いられています。

 つまりは、「戦争反対」を唱えてデモをする人たちは、まったく無意識のうちに、ウクライナのロシア系武装勢力による戦闘行為や、「イスラム国」による人権蹂躙、殺害、戦闘を、看過して容認することになってしまうのです。ですので、国連憲章に整合するためには、「戦争反対」ではなくて、より広い概念としての「武力行使反対」というべきです。国連憲章で戦争が違法化されている以上は、通常の国が侵略をする際に、正規の軍隊で組織的かつ計画的にそれを行うはずがありません。

 ロシアのように武装勢力が軍事力を用いたり、あるいは非国家主体のテロリストネットワークが、民間人のかっこうで大規模なテロを起こしたり、または発信地が不明確となるようなかたちで、サイバー攻撃で日本の原発の電源喪失を試みて大規模なメルトダウンと放射能汚染をもたらす。これらはいずれも、国際法上の「戦争」とは言いにくいので(テロ攻撃は、国際法上の位置づけが現在でも、論争的に分かれています)、したがてって「戦争反対」という人たちは、今の世界での新しい安全保障上の脅威に対して、それらを容認することになりかねません。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story