コラム

保守党敗北 よりいっそう不透明化するイギリス政治

2017年06月12日(月)17時28分

それは、メイ首相の凋落の始まりを記すことになるだろう。党内基盤の脆弱性を補強するために、一部の党内の反対を押し切って少数の側近のみの助言をもとに総選挙実施の賭けに出たメイ首相は、結果として議席を12議席も失い、国民の信頼を失って、党内での支持基盤を損なった。

そもそも2011年の議会任期固定法によって原則として5年の議会の任期途中には総選挙を行わないことが決められていたのだが、それを抜き打ち的に急遽総選挙を実施する意向を発表したのである。緑の党党首のキャロライン・ルーカスが述べるように、それは「横柄で、無礼」な決断であって、他党の準備不足と、支持の低迷を利用して、保守党の議席を上積みしようとする政党戦略であった。

この光景は、かつて見たことがあった。2015年にデヴィッド・キャメロン首相が、EU残留派と離脱派とに分かれていた保守党内の亀裂を自らの説得力で修復することができないことから、国民投票を利用しようとした。国民投票で国民の多数がEU残留の投票を決断すれば、それを根拠として党内のEU離脱派を押さえ込むことができると考えたのだ。

かつてのサッチャー首相やブレア首相は、困難な問題に直面しても逃げることなく、自らの政治的心情と情熱に依拠して必死に党内の説得を続けた。キャメロン首相やメイ首相は対蹠的に、弱さから国民投票や総選挙に逃げたのである。

キャメロン首相、そしてメイ首相は、自らの力で党内を説得する努力を放棄して、国民投票や総選挙により多数派を獲得し、それを利用して自らの政治目標を実現しようとした。キャメロン首相の場合はEU残留、メイ首相の場合は「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」の実行である。

【参考記事】「最も巨大な国益の損失」を選択したイギリス

しかし2人の首相の、あまりにも危険な賭けはいずれも無残な失敗に終わり、そして自らの政治生命を傷つけた。国民世論は、操り人形ではない。自らの思い通りにいくとは限らないという、あまりにも当たり前のことを忘れていたのであろう。世論調査における保守党のリードにあぐらをかいた2人の首相の政治的挑戦は、挫折に終わった。

保守党は進むべき道を見失い、「強硬離脱」への不安が高まる

今回の総選挙では、それ以外にもいくつかの興味深い結果が見られた。たとえば、EU残留派の筆頭格であった自由民主党のニック・クレッグ元副首相が議席を維持することができず、また独立を問う2度目の住民投票を行おうとしたスコットランド民族党(SNP)も議席を減らす結果となった。

さらには、EU離脱を主導したイギリス独立党(UKIP)も下院での議席維持に失敗した。保守党と労働党の二大政党が、再び国会での議席のほとんどを示すという意味での新しい動きが見られた。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:米の新たな対中関税、メキシコやベトナム経由で

ビジネス

ブラックストーン連合、LSEG全保有株売却 20億

ビジネス

IEA、今年の石油需要伸び予測を下方修正 OPEC

ビジネス

訂正(14日配信記事・発表者側の申し出)シャープ、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story