コラム

フーリガンの「パリ事件」に隠れた逆差別

2015年03月05日(木)12時14分

 僕は仕事をするときにBBCのニュースをつけっぱなしにしていることがある。でも何時間かするとイライラしだしてしまう。世界ではさまざまな出来事が起こっているのに、同じことを何度も繰り返しているからだ。

 ある日なんか、イギリスのサッカーチーム、チェルシーのサポーターがパリでやらかした騒ぎをトップニュースのように扱っていた。地下鉄に乗車しようとする黒人男性を邪魔して、「俺たちは差別主義者だ、差別するのが好きなんだ」という掛け声を繰り返したというニュースだ。

 もちろん許される行為ではないが、大事件のようには感じられなかった。ところが後になって、この出来事は外国で広く報じられ、イギリスでも多くの新聞に掲載されたと知った。

 こんなネタが取り上げられるのは、ある意味信じられない。70~80年代のイギリスに暮らしたことのある人間は誰だって、サッカーに暴力沙汰がつきものだったことを知っているからだ。

 アメリカ人ジャーナリストのビル・ビュフォードは過激なサッカーファンを取材した『フーリガン戦記』という本を書いた。当時のイギリス各地では毎週末に多くの暴力事件や破壊行為が起き、メディアがそれを取り上げることなどほとんどなかった――そんな実態が記されている。フーリガンは、日常の光景でしかなかった。ビュフォードは自身が目にした出来事を、知られざるストーリーとして伝えようとした。

■アウェーの応援席で大暴れ

 そう考えると、パリの出来事があんなに大々的に報じられたのは驚きでしかない。事件を矮小化するつもりはないが、男性はののしられて脅されたものの、殴打されたわけではない。

 かつてチェルシーのホームスタジアムはとりわけ恐ろしい場所だった。ビジターチームのサポーターにダーツの矢が飛んでくるのでも有名だった。「ヘッドハンター」と呼ばれるたちの悪いフーリガンがいて、イギリス一を争うほどの悪名をとどろかせていた。

 チェルシーのサポーターがアウェーゲームでいんちきして相手サポーター観戦席のチケットを手に入れ、潜入したという話を聞いたことがある。もちろん、ほどなくして乱闘が始まった。50人ほどのチェルシーのフーリガンが何百人、何千人という相手チームのサポーターに囲まれながら暴れたのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story