コラム

イギリスで知らない間に広がっていたギャンブル汚染

2017年09月14日(木)19時00分

身を滅ぼす「FOBT」

FOBTという言葉をよく耳にする。「固定オッズ発売端末(Fixed Odds Betting Terminals)」というこの機械は、損すること請け合いのゲーム機だ。最低掛け金は1ポンドだが、1スピンごとにその何倍も賭けることができる。ただ1つ確かなことは、定期的に利用すれば絶対に胴元が勝つ仕組みになっている、ということ。依存性が高いため、この機械はギャンブルの「クラック・コカイン」だと批判されている。いつでも手軽にできて、一度で数百ポンドが吹っ飛ぶこともある。

僕が最近見たテレビドラマ『ブロークン』は、女性がこの「悪癖」につぎ込むために勤め先から巨額のカネを横領した挙げ句、自殺するという内容だった。それを見たときはちょっと現実離れした話だと思ったけれど、そのすぐ後に、ロンドンの会計士がギャンブル代欲しさに勤務先から35万ポンドを横領し、(驚いたことに)実刑を免れたという記事が新聞に載った。

FOBTを規制する措置がいくつかとられている。政府は店舗ごとに設置できるゲーム機の数を(最大4台までに)制限した。だが店舗数が増えるだけとの見方もある。あまりにうまみのある商売なので、店舗を増やすのが理にかなうからだ。現に、ゲーム機を増やすため、1つの店を仕切りで2つに分け出入り口も2つに増やして「2店舗」にするところが出てきた。

規制強化を求める声は大きいが、ギャンブル業界は、これ以上の規制は雇用を犠牲にする! 税収を減らす! とロビー活動を展開している。

【参考記事】「持ち家絶望世代」の希薄すぎる地域とのつながり

最近リバプールで、男が数週間にわたりゲーム機をハンマーで粉砕し、店舗にペンキをぶちまけたとして有罪になった。以前この男は、この店のゲーム機で1時間に数百ポンドをすったため、自分がFOBTを利用するのを禁止にしてくれないかと店に頼んだのに止めてくれなかったのだという(店側は顧客を締め出さなくとも、店頭での操作で機械を止めることができる)。

もちろん、分別ある人なら、この男や他のギャンブラーたちがなぜ自制心を見せられないのかと不思議に思うだろう。僕や、何百万人の人がするように、なぜ普通に賭け屋の前を通り過ぎないのか、と。もちろんほとんどのギャンブラーは自らの行動を抑えることができるが、中にはそれができない者もいて、ギャンブル業界はそうした人からカネを巻き上げているのだ。

ゲーム機破壊男の言い分が、なかなかふるっていた。男はバーテンダーで、泥酔した客への酒の販売は法律で禁じられている。それなのにギャンブル業界は、自制心のない人間の自己破壊的行動を止める責任を免れているじゃないか、と。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story