コラム

8歳少女が抗争の犠牲に... パレスチナ難民キャンプの今

2017年07月01日(土)10時35分

レバノン軍や警察は中に入ってこず、実質上の自治状態

私がシャティーラキャンプでの取材を始めたのは3年前からだが、キャンプの治安が乱れている、という話は聞いていた。若者の間に麻薬が広がっていて、特に夜は治安が悪いというので、夕方以降の取材は控えていた。

今回初めて「治安悪化」の状況を目の当たりにした。キャンプの住民の話によると、オッカル家とバドラン家は麻薬と銃の密売でつくった金で若者を雇って私兵集団をつくっているという。

パレスチナ難民キャンプの中では、ファタハなどパレスチナ解放機構(PLO)の政治組織が合同で民衆委員会をつくり、住民の問題や争いを仲裁する役割を担っている。治安維持も民衆委員会が担当し、自衛のための自動小銃を持っている。レバノン軍や警察は通常はキャンプ内に入ってこないので、実質上の自治状態である。

しかし、民衆委員会の治安部門は警察ではないため、オッカル家やバドラン家のような違法な集団を摘発することはできない。自動小銃しかもっていない民衆委員会の治安部門では、ロケット弾を所有する無法集団を制圧しようにもできない。数カ月前に民衆委員会が主催して住民による麻薬撲滅のデモがあったそうだが、それも示威行動以上のものではなかっただろう。

kawakami170701-2.jpg

アラファト議長の肖像が掲げられたシャティーラキャンプの通り 撮影:川上泰徳

レバノンでは今でも、アラファトやアッバス(現PLO議長、パレスチナ自治政府議長)の大きなポスターが通りに飾られている。パレスチナ政治勢力が幅をきかせているはずのパレスチナ難民キャンプで、麻薬密売の無法集団がのさばっているのだ。PLOの影響力の低下を物語る。

さらに背景として、1990年にレバノン内戦(1975年~)が終わって平和な時代になっても、パレスチナ難民は70以上の職種から排除され、社会保障もなく、低い給料で働かざるを得ないという劣圧な労働状況や社会環境がある。

シャティーラキャンプでの若者たちの失業は深刻であり、オッカル家やバドラン家のような資金の豊富な無法集団が私兵を集めるような状況ができている。さらにレバノンの警察が入ってこないことがキャンプ内で無法集団がはびこる原因ともなっている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story