コラム

中国「ガリウムとゲルマニウム」輸出規制の影響は?

2023年07月12日(水)15時31分

アメリカと中国の電子部品争奪戦の行方は REUTERS/Florence Lo/Illustration/File Photo

<アメリカの半導体製造装置輸出規制に対抗して中国が半導体材料の輸出規制を打ち出したが、中国がこれらの材料を「武器化」できる可能性は低い>

2023年7月3日、中国の商務部と税関は8月1日より「輸出管理法」と「対外貿易法」に基づいてガリウムとゲルマニウム、およびそれぞれの化合物の輸出に対して新たに規制を導入することを発表した。

規制導入の根拠とされている「輸出管理法」とは、国家の安全や核拡散防止などを目的として軍用品やデュアルユース(軍民両用)の物品や技術の輸出を規制することができるという法律である。

今回の規制に関する中国での報道(『環球時報』2023年7月3日)によると、このたびの措置は、アメリカによる「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」(注1)や、アメリカが昨年10月に打ち出し、日本とオランダも今年7月から合流した先端半導体の製造技術・設備の輸出規制強化に対抗する意図があるようだ。

アメリカが次々と繰り出してくる中国に対する貿易規制強化の攻撃に対して何らかの反撃をするべきだという意見は2018年に米中貿易戦争が始まってから中国のなかでくすぶっていた。なかでも、中国からのレアアース輸出に対する規制強化を武器として対抗すべきだという主張が時々表面化した(『日本経済新聞』2019年5月30日)。だが、このたびの規制はレアアースに対するものではなかった。

レアアース規制失敗の過去

もともと中国がレアアースを武器にする可能性は低かった。なぜなら、中国はレアアースの輸出規制に失敗した過去があるからだ。中国は1990年代後半から圧倒的なコスト優位を背景に世界のレアアース供給の大半を担うようになったが、その頃からレアアースの輸出を制限すべきだという意見が中国の専門家の間で高まった。中国は国土を削ってレアアースを安価な原料として輸出し、日本やアメリカはそれを使って高付加価値の製品を作ってずるい、輸出数量を制限することによって国内にレアアース応用産業を育てるべきだ、という保護主義的な動機に基づく主張であった。

そうした意見に押されて中国政府はレアアース輸出に数量枠を設けるようになり、特に2007年以降輸出枠が6万トン(2007年)から3万トン(2010年)へ急速に絞られた(注2)。2011年も3万トンという厳しい輸出枠が設けられ、レアアース輸出に対する関税も20~25%に引き上げられたが、こうした規制強化がもたらしたのは密輸出の激増であった。2011年の中国のレアアース輸出量は約1万7000トンだったが、各国による中国からのレアアース輸入を合計すると約4万トンにのぼった。つまり、中国の港を出る段階では何か他の物質だと偽ることで輸出枠の規制や輸出関税を逃れ、相手国の港に入る時は正直にレアアースだと申告する密輸出が正規の輸出を上回ってしまったのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 5

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story